最近、心の中で大きな一つのおもりが溶けつつあるのを感じています。
それは原因探しをもうやめてもいいんだという事。
今までの自分の人生や価値観では、自分の人生のひと時を切り取り、それを成功か失敗か、幸せか不幸か、正しいのか間違っているのか。
そんな風に常にジャッジしている自分がいました。
自分に向けるそんなジャッジは当然、周りや世界にも向けていた訳です。
しかし、あらゆる状況を自分に許し、
どんな状況を体験している自分も完全である事を知り、いや、一見不完全に見えるこの完全さを許し、、、
経験する全てが大切なプロセスでもあり、、、
常に毎日が自分にとって完璧なゴールでもあるという理解が深まるにつれて、、、
何かの物事が起きた時に、それが自分にとって心地よくない時に「その原因を探って取り除く」とか「原因を理解して次に起きないようにする」といった対処法を取らなくなる自分が生まれてきました。
原因を探している自分は、今の自分を否定している自分でした。
原因を探している自分は、起因となる過去の自分を責めている自分でした。
原因を探している自分は、無条件で自分を愛する事ができていない自分でした。
原因を探している自分は、世界を無条件に愛せない自分でした。
原因を調べ、対処するという方法は時に有効かもしれませんが、僕自身の心の成長や進化、そして世の中を見つめ、関わっていく方法としては、もう古臭い古着のように感じてしまいます。
本当の意味で何もネガティブな問題など無い。
だから何もネガティブな原因などは無い。
ただ一つそれをネガティブな原因と感じる心があったとしたら、その状況を許せない、受け入れられない自分がいただけ。
ただそれだけだと。
そしてそんな風に状況や出来事を受け入れられなかった自分さえも受け入れて行く。
その事を責めない。
そんな視点で物事と向き合う時に、自分に対してまた自分が見ている世界に対して否定的な気持ちは一切生まれなくなってきます。
敵など本当はいない。
まさに文字通り「無敵」の心境。
それは本当に大きな心の開放。
そのあるがままの「自分」の位置から、全てをスタートしていきたい。
自分を含め全ての在り方を許し、包み込めるような心の広がりを体験したい。
不足からではなく、充足の観点から全てを見つめ、そして作っていく。
そんな風にいまは感じています。