是枝裕和監督の『ルックバック』上映後もしばらくの間、嗚咽するほどむせび泣く。是枝監督の最高傑作。 | サンドアート集団SILT船本恵太のアメブロ

是枝裕和監督の『ルックバック』上映後もしばらくの間、嗚咽するほどむせび泣く。是枝監督の最高傑作。

是枝裕和監督の『ルックバック』上映後もしばらくの間、嗚咽するほどむせび泣き、身動きがとれませんでした。

 

処女長編作『幻の光』からずっと追いかけている、最も好きな日本の映画監督である是枝監督の最高傑作でした。

 

 

53年間生きてきて、映画でここまで泣いたのは、塚本晋也監督の『ヴィタール』と、是枝裕和監督の『ワンダフルライフ』と本作の3作品だけです。

 

年間300本以上映画を観ていた時期もあるくらいの映画好きですが、当時最も好きな映画が『ワンダフルライフ』で、大きな衝撃と影響を受けています。

 

是枝監督の作品はいずれも好きですが、ここまで1カット1カット、傷に触れるかのように優しく丁寧で繊細に作りこまれた愛を感じた作品はありません。

 

いずれも大傑作である、原作の漫画の『ルックバック』、長篇アニメーションの『ルックバック』を、さらに超える感動がありました。

 

長年の経験と、ドキュメンタリー出身である是枝監督による人物描写が、原作とアニメ版には足りていなかったリアリティーを与えています。

 

巡りめく四季の移り変わりの描写はもう一つの主人公といっていいほど丹念に撮られており美しく、数々の人生の想い出と折り重なって感情移入し、二人の人生が心に染み渡りました。風の波が走る田園も、タンポポの綿毛も、何もかもが。

 

えんぴつの走る音も、シャープペンの音も、ペン入れの音も、ペンタブの音も、二人が生きていることが伝わり、インクや紙の匂いまで、漫画を描いていた若き日の記憶の中から蘇り、青春の苦さの味をまるで昨日のことのように思い出させてくれました。

 

『誰も知らない』『怪物』のように、少年の憂いた美しい表情を捉えることに長けた監督だと思っておりましたが、少年だけでなく少女も、子供の表情を見事に映し出すことを得意とされているのだと、何度ハッとさせらたことか。

 

アニメ版のharuka nakamuraさんの音楽はもう一人の主人公といっても過言ではないほどの衝撃と感動を与えてくれました。対する実写版の坂東祐大さんによる音楽は、柔らかく慎ましかったです。

 

えんぴつの走る音や、風にそよぐ木々の音といった効果音を大切にされているのがドキュメンタリータッチで、是枝監督らしい演出が光っています。

 

<以下、少しネタバレを含みます>

 

 

とくに、原作漫画でも最も感動的で鳥肌が立つ、雨の中をスキップして満面の笑みで歌いながら帰路に着くシーン。漫画は音を表現することができない媒体なわけですが、実写映画の中では子役の女優さんが実際に音楽を口ずさんでいる。

 

その音楽が坂東祐大さんによる劇伴で、シンクロしている演出がひじょうに印象的で良かったです。

 

カメラに顔が近づいた時に、口ずさんでいるのがわかるサウンドデザインで、小さな声で鼻歌のように歌っているんだなということが肌感覚で伝わってくるという。

神社で一緒に祈る長回しのカットでは、二人を交互にピン送りを自然に繰り返すことで、心の重なりが感じられる心情の機微の表現。

二人が決別するシーンでは、執拗なまでの切り替えしで、被写界深度は極端に浅く、二人だけしか見えてない緊迫した心情が伝わり、立場が弱くなるほうは首切りショットになり、アングルの上下も微妙に入れ替わる繊細な演出が際立っていました。

 

(※地平線や水平線の位置が、被写体の首の部分にくることを首切りショットと言い、撮影のセオリーとしては避けられる。)

 

これらの一つ一つが丁寧に折り重なり、リアリティーとなって二人の息遣いまでが感じられるほど生き生きと感じられ、あの唐突な事件が違和感なく心に突き刺さり、作品を完璧なものへと導いていました。

 

「京都アニメーション放火殺人事件」のように、唐突で、理不尽で、信じられないような現実が、残念ながらこの世にはある。

 

「事実は小説より奇なり」という言葉があるように、ナラティブ作品で表現しようとすると滑稽で陳腐になる大きなリスクがあるにも関わらず、見事に昇華されていました。

 

漫画版は当時批判も多く改編もなされていきましたが、「死刑制度」など、様々な社会問題をテーマとして扱ってきている是枝監督なだけあり、理不尽な事件が多発する現代における社会的テーマ性を帯びていると感じさせる説得力もありました。

 

ロトスコープアニメーションも、漫画を描く、実写の二人としての橋渡し役のような演出表現で、実写映画だからこそ利くリアリティーを補う役割を絶妙なさじ加減で果たしていました。

 

大変センシティブな問題をもはらむ作品だからこそ、監督も慎重になり、ここまで1カット1カット、傷に触れるかのように優しく丁寧で繊細に作りこまれた愛を感じる作品になったのかなと思いました。

 

くしくも、映画館では『オアシス:ドント・ルック・バック・イン・アンガー』も上映されていたことにも鳥肌が立ちました・・・

 

原作漫画の扉ページ冒頭に「Don’t」の文字が、そして末尾(奥付付近)に「in Anger」の文字が隠されており、タイトルの「Look Back」と組み合わせると“Don’t Look Back in Anger”(怒りとともに過去を振り返るな)というフレーズになることは有名な考察です。

 

アリアナ・グランデのマンチェスター・アリーナ公演の終演後に自爆テロがあり、帰ろうとしていた観客の皆様の命が犠牲となりました。そしてその追悼の際、市内では地元の人々がマンチェスター出身の「オアシス」のヒット曲「Don't Look Back in Anger(ドント・ルック・バック・イン・アンガー)」が、自ずと全体の合唱になっていったという有名なエピソードがあります。

 

 

 

最後に、マンチェスター・アリーナで発生した自爆テロの犠牲者の皆様と、京都アニメーション放火殺人事件の犠牲者の皆様に、心から哀悼の意を表します。