「AI進化論」進化なのか、あるいは退化なのか
AIの映像が面白いのは、
映像が破綻していて笑えたり、
シュールだったりする、
いわゆる「不気味の谷」が、
良い方向に作用したからというところがあるけれど、
これが進化しすぎて、
現実と見分けがつかなくなったら、
今度は悪用される事の恐怖に置き換わってしまいました。
著作権や肖像権問題は深刻です。
「AI疲れ」という言葉が生まれたり、
AIに対するヘイトがたまってきてしまっています。
その一方で、AIで作られた長編映画の劇場公開や、
AI映画の映画祭の誕生など、もちろん良い側面もあります。
面白いなと思うのは、
AIによる破綻したシュールな映像のアート性が高く素晴らしいという偶然性のアートであったり、
逆にそれに影響を受けた人間のアーティストの作品が生まれていたりすることです。
それらは、まるで70~80年代のアヴァンギャルドな映像表現が盛んだった時代を彷彿させるものがあります。
AIが全盛だからこそ、サンドアートだったり、ストップモーションアニメだったり、
アナログなものが逆に重宝されたり、癒されたりするものなのか。
これからの映像や音楽やイラスト業界がどうなっていくのかは未知数で面白いです。
一番困るのは、AIセンター用にメモリが必要で、
メモリ不足となり、PCが高騰したり、品薄になったりしている点です・・・
仕方なく、旧世代のメモリやグラフィックボードを使用せざるを得ないことにもなってきています・・・
そしてこれは、PCだけでなく、スマホにも言えることです・・・
AIだけが進化していき、人間が使用するPCやスマホは逆に退化したり、買えなくなったりしていく・・・
なんとも本末転倒な状況になってきています。
これではまた、AIに対するヘイトは高まるばかりです。
AIバブルの崩壊までこの状況は打開されないのかどうか・・・