映画「ロスト・エモーション」感想
映画「ロスト・エモーション」を観てきました。
その感想です。
予告編映像はこちらです。
※ネタバレありです!!
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リドリー・スコット製作総指揮の映画。
感情を持たないことで秩序を保つ社会。感情を持つと病気扱いで、最終的には施設送りで、電気ショック治療。自殺する者も多い。完全管理社会のディストピアを題材としたSF映画でありますが、観ているうちに、驚くほど、現実世界とあまり差がないことに気がついていきます。
「感情をおしころして生きる。」都市の閉塞感。
「感情を取り払って働く。」その効率性や規律。
その精神的限界を超えた先にある、薬の投与、施設送り、自殺。
全て現実の社会の日常と変わらないことに、ふと気が付く瞬間、カリカチュアだということも通り超えて、ただ恐ろしさを感じていったのですが、それだけで終わる映画ではありませんでした。
感情が芽生え、一度は隠れて愛し合う。
しかし、強力な薬の投与によって男性は再び感情を失う。
それでも、女性との約束を果たし、都市を離れ、希望もかすかにしかないその逃避行の中で、手を握る様は、
一過性の愛を超越した熟年夫婦の境地に似たものなのだろうか。
成熟した感情とでも言うものなのか。
果たして、感情のない世界は、秩序あるユートピアか?
それともディストピアか?
どちらが幸せなのか?合理的なのか?
食事も仕事もあり、守られているという生活の保障を、投げ捨てるのか?
もしかしたら、感情のない世界のほうがいいのではないか?とも、真剣に考えてしまうほどでした。
この映画は舞台のほとんどが日本で撮影され、安藤忠雄の建築物が多く使用されています。現実の世界にあり、実際に社会で使用されている建築物なのに、SF映画にぴったりでまったく違和感がない。つまり、それだけ生活感がなく、異質なデザインだということになります。
これが感情を持たない社会という表現にピッタリとマッチしていて、この極端な無理のある世界感の設定に説得力を持たせる役割を果たしているのは間違いありません。
私は安藤忠雄が最も好きな建築デザイナーです。コンクリートの打ちっぱなしに憧れます。生活感を排除したいわけです。できるだけ、感情を抑えたいというか、控えたいというか、鎮めたいというか、極力無機質的でありたいと、この原宿に生まれ育ち生きていて思うのです。