The passenger of life -18ページ目

The passenger of life

人生という小さな小舟に乗りこんだたった一人の乗客。行き先を決めて進むのは自分。僕は人生をどこに向かわせるのか。流れにまかせるのか必死に舵をきるのか。さあ、どうなる?自分。

ニュースなどでご存知の方も多いかと思いますが、ラグビー日本代表が南アフリカとの試合に勝利しました。

舞台はワールドカップ予選。

信じられません。



事前にジャパンの選手たちがどれだけのトレーニングをしていたのかはある程度知っていました。

それでも南アフリカに勝つなんて、やっぱりお世辞にも思えなかった。

おそらく、ラグビーファンの多くは僕と同じ気持ちだったと思う。



たしかにジャパンは強くなっていた。

それでもまだ世界の強豪国に勝てるレベルになっているとは思っていなかった。

だけど勝った。



チームに対してすまなかった!!と心から思った。

応援はしていたけど、勝利までは望んでいなかった。

強くなったジャパンを見て、日本で開催されるワールドカップに希望と楽しみを持てたら、それでよかった。

そんな風な気持ちでいたことが申し訳なかった。



勝利を目指して戦わないやつなんていない。

チームが勝つことだけを目標にこれまでトレーニングをしてきていたことを知っていたのに。



ジャパンの選手たちに面識なんてないけど、自国のチームは身内と同じだ。

身内を信じて応援しなくてどうするんだ。

なにを斜に構えて傍観者になっているんだ。



みなさん、ジャパンの勝利は歴史的なものです。

なぜならラグビーはフィジカルの点で圧倒的に日本人には不利だからです。

また大番狂わせがほぼ起きません。

強いチーム(国)は必ずといっていいほど勝ちます。

比較はできませんが、サッカー日本代表が世界と戦うよりも不利だと思います。



ぜひラグビー日本代表の勝利を讃えてください。

そして興味を持ってください。

日本のグローバル化が進んでいるなら、世界でもっとも人気のあるスポーツであるラグビーを、日本でももっと人気のあるスポーツにするべきです。

今回の日本の勝利に騒いでいないのは、ワールドカップ参加国で日本くらいではないでしょうか。



と、冷静にここまで書きましたが、試合をテレビで見ながら狂喜乱舞してました。

勝つなんて思ってなくても、勝てばやっぱり嬉しいのです。

久しぶりに拳を突き上げて喜びました。




奇跡的な出来事を目の当たりにできたこと。

いや、ほんとに今日はそれだけで幸せでした。







一昨日から夏休みをとっています。

明日で終わりなんですけどね。



せっかく四日間も休みがあるんだから、予定を立てて出かけたりしたかった。

でも、仕事を持ち帰ってきてしまったんだよね。

よくないなぁ・・・と思いつつ、でも別にいいかとも思ってたりする。



一昨日はどうしてもやりたかったキッチンの掃除を徹底的にして一日が終わった。

昨日は古いPCを処分するのにデータの削除やら移行やらを行っている内に一日が終わってしまった。

そして今日、持ち帰った仕事をしている内にこの時間になってしまった。



残る休日は明日だけ。

やらなきゃいけない当面のことはとりあえず終わってる。

つまり、明日はやろうと思えばなんでも出来る日。



うーん、どうしよう。

最近こういうのが多い。

休日になにしていいのかわからなくなる。



基本的には勉強するんだけど、一日中してるわけではないから。

決まった時間に決まった時間だけする。

それがもっとも効率が良いから。



どうすっかなぁ。

高尾山でも行ってくるか。

日帰りで箱根もありか。



でもシルバーウイークなんだよね。

どこ行っても混んでるんだろうな。

そう考えると出かけるという選択肢はないかもしれない。

でもさ、混雑が嫌とか、ほんといかんよね・・・。



がんばって出かけるか!!





カフェから車を走らせて、遠い記憶にある別荘地を目指した。

小学生のころ、叔母と一緒にきのこ採りで歩き回ったことのある場所。

ほとんど道など覚えてなかったけど、見覚えのある景色を頼りにハンドルを切っていくと奇跡的にたどりついた。



そういえば小さな頃の特技は道を覚えることだったな。

親の運転する車の中で、いつも窓から道しるべになるものを探していた。

そんな特技が役に立った。



車を停めるのにちょうどいいスペースを見つけ車から降りた。

ここに来るまでに、霧はだんだんと濃くなってきていて、外に出るときには遠くの景色は見えないくらいになっていた。



歩き出してすぐに眼鏡が水滴でいっぱいになった。

雨も少し降っている。



10分も歩いたころには着ていた服も水分をずいぶん吸っていた。

履いてきたスニーカーも、泥と雨水で重くなってきていた。

しばらくすると、住んでいるのか廃屋なのかわからない別荘が霧の中からいくつか見えてきた。



そこは軽井沢の中でも人気のないエリア。

ひと気ではなく、にん気。

20年前だって似たような景色だったが、そのときはもっと不人気が進んだような気がした。



かつては別荘に住む人たちの笑顔や安らぎがここにはあったろうに、いまは沈黙だけが流れている。

その沈黙のなかを歩く。

舗装のされていない道路は車の轍のおかげで形だけはとどめているが、雨水が染み込むとぬかるんで足が沈む。

さらにスニーカーが汚れて、靴の中はすでに水浸しだ。



周辺は見渡す限りの木々。

頭上からは葉から葉へと水滴が移る間に大きくなった水滴が落ちてくる。



衣服が雨と霧で濡れて徐々に重くなっていくことを感じ、踏みしめるぬかるみに心地よさを感じる。

鼻から息を吸い込むと、木の匂いと枯葉と土の匂いがミックスしたり分離したりしながら体に入ってくる。

あとは霧の中から浮かびあがってくる朽ちた別荘に思いを馳せるだけ。



気づけばびちょびちょだった。

こうなりたくてここに来た。

・・・はずだったのに、なぜだかすごく切ない気持ちになってしまった。

でも、言葉にならない充足感もあって、その切なさは悪いものではなかった。



霧のなかでも夜が近づいてきたのがわかったので、車を停めている場所に引き返した。

車を降りてからここに戻ってくるまで、誰とも出会わなかったし、車の音さえ聴こえなかった。




さて、問題はここからだった。

タオルも着替えも用意していない。

宿の予約さえしていなかった。



リフレッシュの代償は車内での不快感と、明らかに怪しい風貌で宿に入らなければならないこと。

そのときの僕は、二時間ドラマなら間違いなく容疑者に浮上する不審者そのものだった。



そんなこんなで最後は少し大変だったけど、無事に宿もとれて一日が終わった。



こうして文章に書くと、大したことしてないし、大して感慨深い気持ちにもなっていない。

でも、この行動をしたから次に行けた。

原因は分からないけど、心の整理ができて、やるべきことがはっきりした。



本能なんだろうと思う。

そのときに必要なことは、思考ではなくて思いつきだったり直感だったりすることが多いのではないでしょうか。

今思い返すと、あのときの行動はそういうものだった気がします。