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The passenger of life

人生という小さな小舟に乗りこんだたった一人の乗客。行き先を決めて進むのは自分。僕は人生をどこに向かわせるのか。流れにまかせるのか必死に舵をきるのか。さあ、どうなる?自分。




今夜の月はスーパームーン。

月が大きく綺麗に見える夜。



月にまつわる曲を紹介しようと思ったのですが・・・。

色んな曲を聴き返しているうちに、記事にしたい曲が月とは関係が無くなってしまいました。



貼り付けた曲は秦基博さんの「アイ」

以前もこのブログで記事にしたことがあると思います。



この曲を知ったのはテレビを通して。

前田敦子さんが番組で歌ったのを聴いてです。



記事を書きながら聴いていて「いい曲だな・・・」とあらためて思いました。

いつでも聴いていたいわけじゃないんだけど、すごく聴きたくなるときがある曲です。



先ほど月の様子を見に外に出たときに、知らないうちにこの曲を口ずさんでいました。

今日はそんな風にしてこの曲を聴きたいなって思いました。



聴き終わったあとに「ぽわっ・・・」と胸に温度が残る感じが好きです。

切なくて、さみしくて、でも愛しい気持ちになります。

ちょうどこれからの季節にシンクロするのかな。



気づけはもう9月も終わるんですもんね・・・。






時間の流れは一定。

太陽の周りを同じ時間をかけて回って、地球が同じ時間をかけて一日一回転するのだから、一定なのだろう。



それなのに、すごく長い一日もあれば、あっという間の一日もある。

それぞれ自分の置かれたそのときの状況で感じ方が違うだけなのだが、その差は本当大きい。

ちなみに今日はあっという間の一日だった。



思うのだが、人間の体には時間を司る器官があるのではないだろうか。

時間がはやく感じたり遅く感じたりするのは気のせいなのではなくて、本当にはやくなったり遅くなったりしてるのではないだろうか。

わりと本気で思ってるのだが・・・。



だけど、最初に言ったように、時間は常に一定なわけで。

そうなると辻褄が合わなくなる。

そこでこんな風に考えてみた。



時間は地球上の生物全てに対して一つの大きなパイとして与えられる。

そのパイをたくさん食べると時間がたくさんやってくる。

少ししか食べられないと少ない時間しかやってこない。

このパイを無意識に食べてる器官が体内にある。

そして、実際の食事と同じで、過食や粗食が続くと時間の経過そのものが不健康になっていく。



どうだろう。

なんだかどこかの経済論みたいな話だけど、自分で言っておきながら、妙に納得してしまった。



忙しい人がいれば暇な人がいて、楽しい人がいればつまらない人がいる。

つねにそのバランスが保たれているような気がします。



ちなみ僕の明日は暇な一日。

つまり休日。

これはこれで健康的といえば健康的なのかもな。


今、電車の中でこの記事を書いています。

先ほどまで職場のみんなと飲んでいました。



職場の近くの焼き肉屋さん。

なのに焼き肉は出てこないという飲み会。

誰が意図したわけでもなかったけど、気づけば最後まで鉄網はきれいなままでした。



僕の職場はちょっと特殊でして、結構な頻度で様々な業者さんと一緒に販売をします。

今日の飲み会は、今日一日一緒に頑張った業者さんと一緒でした。

これまでのサラリーマン人生で、こんなにも関係業者さんと良好なお付き合いをしている職場は初めてです。



年齢が近い同世代の方がいて話が弾む。

そんな他愛のないことが自然にできました。

こういうのって、なかなか無いものです。



なんというか、今まで選んできた仕事は、凌ぎを削って勝った負けたをしていました。

いったいなんのために俺は働いてるのかな・・・なんて思うこともしょっちゅうでした。

でも、今の仕事はそういうものではなく、最低限の利益を確保しつつ、社会的利益を追及していく仕事です。

自ずと思考は穏やかになります。



考えることの大半は、いかに自分たちのアクションで別のところに利益をもたらせるか。

誰かの力になれたら、それがやりがいと思える僕にとってはもってこいなのです。



そして、そんな中で知り合えた人と飲んで笑う。

幸せなことだと思うのです。



仕事ですから、しんどいことのほうが多いのは当然ですが、こんな瞬間があるからがんばれる。

明日も張り切って行こう!!

と気合いを入れることができるのです。