なぜこんなコピーが・・・ | The passenger of life

The passenger of life

人生という小さな小舟に乗りこんだたった一人の乗客。行き先を決めて進むのは自分。僕は人生をどこに向かわせるのか。流れにまかせるのか必死に舵をきるのか。さあ、どうなる?自分。

仕事帰り、日比谷線に乗り込んだ。

ドアが閉まり目の前に広告が飛び込んできた。

ドアのガラスにシールで貼られたその広告は、とある作家の新刊の宣伝だった。



この広告のコピーに愕然とした。

素晴らしく心引かれるコピーだったわけではない。

その逆だ。



「大人の流儀」という言葉があった。



その言葉自体は市民権を得ていて、普通に理解できるのだが・・・。

なんともかんとも、作家の奥深さや哲学を台無しにしていると感じる。

いわゆる「大人の流儀」なんて言葉はハウツー本の表紙に飾られる言葉。

その言葉の奥になにかを見ようとしても、草食男子や育メンとかと同じような、単なるシンボルを意味するものしか見えてこない。



だれがどこでどんな作品を書いても、それは自由。

だけど、こんなコピーを堂々と掲げられるのはショックだ。



コピーって、こんなにも安っぽいものではないと思う。

考えて、想像して膨らませて、切り取って削ぎ落として、また壊して作り直して・・・。

ようやく一言で突き刺さる言葉が生まれるんじゃないだろうか。

僕は専門家ではないけど、よく考えられたものと、そうじゃないものの違いくらいはわかる。



もしあのコピーが熟考のうえでのものならば、作品がその程度のものだということになる。

しかし、作品が素晴らしいものであった場合、あのコピーは作品を踏みにじるものになる。



こんな批判的なことを書くのは控えたかったけど、あまりに稚拙な広告だったので書かずにいられなかった。

本当にショックだった。