先日、昨年の夏からお世話になった仕事に区切りをつけました。
大変やりがいのある仕事でした。
勤務中には仕事についてのことをあまり語れませんでしたが、区切りをつけたことで話ができるようになりました。
内容の詳細は語ることはできませんが、感じたこと、考えたことなら語れます。
これまで僕が経験してきた仕事のなかで、一番イヤなものを感じる瞬間と、最高の魂の輝きを感じる瞬間がある仕事でした。
人間の価値がどこにあるのかをすごく感じさせられました。
人はどんな状況に置かれても、目が覚めて呼吸をしていたならば、そこから一日を生きなければなりません。
それはどんな人にも平等に訪れる一日の始まりです。
そこからどう生きるか。
明日のことが不安で身動きが取れないかもしれない。
自分が置かれた状況に納得できず、憤慨して一日を終えるのかもしれない。
そんな中でも自分の人生と真摯に向き合い、力強く一歩を踏み出すかもしれない。
それは形は違うかもしれないけど、誰にでも訪れることであって、その人たちだけに限ったことではない。
人間は生きていれば様々な災難や苦境に遭遇します。
人間は生まれた瞬間から、悪意も善意も持ち合わせていると僕は思っています。
やましいことを生まれてから一度も考えたことのない人なんて絶対に存在しないはずです。
ただ、それを自分の人生の表面には映さない生き方をすることで、良識ある人として生きているのだと。
それに、悪意を持っているからこそ、それが人に害をなすものだということが理解できる。
包丁で手を切ったら痛いですね。
だから危なっかしい手つきで料理をする人を見るとひやひやする。
知っているからこそ理解できるのです。
話がそれました。
僕が言いたいのは、人間は誰しも悪人になれてしまうということです。
それはその人が意図していなくても、そうなってしまうのです。
「意識のない悪意」
私は悪くないから、少しくらいずるいことをしても許される・・・とか。
あなたのせいでやる気がなくなったから、私はなにもしない・・・とか。
結果的にものすごく酷いことを言っているのに、本人にはまったく自覚がない。
やりきれない気持ちや不満があるのはわかる。
だから僕らはその言葉を傾聴する。
それが僕の仕事の義務でしたし、そうあるのが社会的な責務であると思っていました。
しかしながら、その人がずっとそれを言い続けるのはやりきれない気持ちになります。
こんな言い方は失礼なのかもしれませんが、自身が現状を受け入れて、生きる活力を見出さなければ何も変わらないどころか、未来が好転することはありません。
それは誰のどんな人生にも言えることです。
とても冷たい言い方になるかもしれませんが、綴ります。
未来を奪われた。
平穏な日常を破壊された。
それは間違いない。
でも、なんとかしなければどうにもならない。
絶望的に厳しいことなのかもしれない。
時間がかかることでもあると思う。
短時間では乗り越えられないことなのかもしれない。
苦難を乗り越える過程で荒れた心境になってしまうことはある。
でもそれはもがいてる途中で出ること。
もがくときには荒れる。
風邪をひけば熱が出る。
前に進みたいから出るもの言葉と、なにか別のもののせいにして楽をしたい人のそれは違う。
一方で輝く人にもたくさん出会いました。
受話器の向こうの声、書類の中から強力な生命力を感じる人も大勢いました。
予想もしないことが起こることが自分の身に起きた。
悔しくてやりきれないが、家族を守るために立ち止まっているわけにはいかない。
こんなことぐらいで夢や目標を諦めるわけにはいかない。
努力を続ける手助けをしてほしい。
これまで作り上げたものをすべて失った。
でも、まだやり直せるからそれまでの間はよろしく頼む。
などなど。
困難な状況の中でも諦めない人たちの声をきくこともできました。
でもさ、その人たちと前出の人たちの違いってなんなんだろう・・・って。
ここに書いたことは極端な状況にいる人たちの声をきいた僕の感覚だけど、そこではない生活の中にも同じようなことは起きている。
究極的な状況ではなくても、誰かのせいにして生きている人もいるし、努力を重ねて自分の力で生きている人もいる。
どうして差が出てしまうのだろうか。
みんな平和に生きたいし、楽しく生活したい。
でもそれは簡単にはできないし、誰かが用意してくるものでもない。
なんだかね・・・それを知ってるかどうかだけな気がしてきたんだ。
苦労を知らないとか、苦労人だとか、お金持ちだとか、お金がないだとか、子供だとか、大人だとか・・・関係ないんだ。
なにがあっても自分の人生は自分だけが作れるということを知っているかどうかだと思ったんです。
それは経験から学んだことでもいいし、本などから得た知識でもいい。
親から教えられたことでもいいし、学校の先生から説教されたことでもいい。
とにかく、そんなことを知っているかどうかがすごく大切なんだろうと思うんです。
こんなことを言っている僕ですが、肌身にしみてそれを痛感したのはまだ最近のことです。
以前から自分の人生は自分で作るものだとは知っていましたが、困難に直面してから乗り越えるまでの間にそれをなお一層強く感じました。
僕が仕事を通して話をした方たちが、これからどんな生活を送るのかはまったくわかりません。
魂が輝いていた人たちはきっとまた新たな形で幸せな日々を送ると思います。
もう一方の方たちは二つに分かれるはずです。
誰かを恨み、妬み、他人のせいにして一生を終える人たち。
時間がかかっても現状を乗り越えて新たな一歩を踏み出す人たち。
関わった方たちが良き未来へと歩めることを願って止みません。