帰ってきてテレビをつけると、所さんの番組で高校生のマーチングを取り上げていました。
全国コンクールの演奏とその裏側をドキュメントした内容だったのですが、その演奏の模様にとても感動しました。
かつて僕もマーチングが好きで好きで仕方なくて、高校生のときに僕自身はラグビー部だったのですが、機会があれば県のコンクールなどを見に行っていました。
テレビで演奏を聴いて、そのときのことを思い出しました。
当時の僕はマーチングの一糸乱れぬ動きと、とてつもなく高い演奏技術に、本当にゾクゾクしていました。
もちろんそれは、どんな学校の演奏でも・・・というわけではありませんでしたが、レベルが高い学校の演奏は涙を流すほどに感動していました。
というのも、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれる学校は例にもれず、それに伴う練習を重ねてきています。
ある機会があり、県で一番の学校の練習をよく見ていました。
もうそれは本当に過酷としか言いようのないものでした。
当時の部活は今と違って、すべてにおいて容赦がなかった。
それは運動部だろうと文化部だろうと、上位に君臨する部においてはなにも変わりません。
厳しければ厳しい状況ほど、そこで生まれるドラマの濃度が濃い。
それが演奏に間違いなく現れます。
技術プラスアルファの部分です。
自信だったり、オーラだったり、スター性だったり。
そういうものがにじんできます。
それがパフォーマンスに迫力を与え、見ている人に感動を与えているのだと。
これは高校生の部活の話ではあるけど、どんなに歳をとって大人になっても、その部分はなにも変わらないのだと思います。
それは当たり前のことなんだけど、日々の生活に必死になっていると、忘れてしまいます。
必死は違うかな・・・日々の生活ををこなしていると、かな。
努力もしないで結果を求めるのは愚かなことだし、自分の言動に説得力を持たせるにはそれに伴う努力や経験が必要だ。
これを忘れてしまったら、自分の価値を下げてしまうことになる。
厳しい状況にいることは、目標に向かうにあたっては絶対に必要なことなんだと。
それが当然であることが自分の認識になければいけないのかもしれません。
ストイックすぎるのは逆にダメなのかもしれませんが、ストイックでなければたどりつけない場所もある。
そんなことを思いました。