いい迷惑なのかもしれないけど、大切に想っている人が傷ついたり、少し下を向いてしまっていると、その心を探ってしまう。
どんな気持ちでいるのか、なにがあってそうなったのか。
それを考えたからと言って、僕になにができるわけでもない。
手放しで、ただ「大丈夫だよ!!」とは言えない。
抱えいるものの重さも違えば、目指すものの方向が自分の価値観とは違うときもある。
思いを掛け違えてしまえば、放つ言葉も逆の意味を持ってしまう。
これまでも何度もそんな経験をしてきた。
たくさんの人を傷つけてきた。
子供のころから、今までずっと。
それなのに誰かの痛みを理解して、ちゃんと添うことが、いつになってもできない。
当然ではある。
人の心はそんなに簡単にわかるものじゃないと思うから。
でも、そうなってしまっても、相手の心を考えることをやめたくない。
添うことはできないかもしれないけど、それをやめてしまったら相手を想えない。
想えない人間関係なんて、あってないようなもの。
ただ単に、僕自身に思慮が足りないだけだということはわかっている。
一方的なものだから、相手からすれば迷惑なときがあることもわかっている。
おせっかいにはなりたくない。
出過ぎた真似はしたくない。
自分の器以上のことはできない。
こんな風に並べると、僕はほとんどなにもできない。
でも、想う相手に一瞬でも顔を合わせたそのときに、それまで考えていた時間が愛しさになっていく。
そうやって大切な友人ができたり、人を好きになっていくのだと思う。
そして、人にとって大事な部分は、こんなところでしか成長しないんじゃないかと思う。
豊かに生きている人は、想いやりに溢れている。
