「とりあえずさ、その色眼鏡、
一回外してみなさいよ。」←

誰に言ってるのか笑。
シパが色眼鏡ではないという意味なんか
ちょっと何言ってるかわからない←

記事では
「自分も色眼鏡を掛けていることは
自覚している」と書きながら
「外したらもっと二人の絆を感じるはず」
と結論づける。

「外したらどう見えるだろう」
ではなく
「外してもきっとこう見える」←は?

結論が最初から決まっているのであれば
それは色眼鏡を外したのではなく、
自分の解釈を再確認しているだけですね。

さらに気になったのは(またも)論点のすり替え

記事では、各シパ(なんじゃこの単語)の中で
「本物がどこかを議論するほど
バカらしいものはない。」
と書かれている。
しかし、多くの人が問題にしているのは
「どのシパが本物か」という話ではないよね。


想像や願望を楽しむこと自体ではなく
それを事実と混ぜて公開の場で発信し、
その解釈を補強するために
他のメンバーを引き合いに出したり、
比較の材料にしたりすること←大問題。

そこが、「妄想を否定されている」
という話にすり替わってしまう限り(毎回)
いつまで経っても論点は
噛み合わないのでしょう。

今回も、その構図がよく表れていました。
ジミンとジョングクの絆を語るだけなら
それだけで十分なはず、にもかかわらず
敢えて「テテだったら」という話を持ち出し
「テテは完全なる部外者だった」
という強い表現まで使う。
(同伴入隊まだ擦るんかい)

テテには
SDTという明確な目標があり
ジョングク本人が
同伴入隊について語った理由は、
「再集結の時期を
合わせるため」でした。
本人たちが語った事実はそこまでです。

にもかかわらず、グテシパへの反論のために、
なぜか同伴入隊に場を移し
必要以上にテテを引き合いに出す。
そこから感じたのは、グミへの愛情よりも
「やり返したい」という気持ちの強さ。

だから読み終えて残るのは
グミ二人の尊さではなく、対立の構図です。

元擬態グミシパブロガーの
そのブログタイトルに書かれている
「ただただBTSを愛しています」を
読むたびに白目になるのですが←
本当に最優先されているのが彼らであれば
対抗するシパへの反論のために、
他のメンバーを引き合いに出す行為が
相反することとわかるはず。

むしろ、そのような発信が
ファンダムの分断を深めたり、
メンバーへの一面的な印象を
広げたりする可能性については
全く危惧していないのだな、
といつも感じています。

推しへの愛情を語っているようでいて、
読み終えて強く残るのは対抗心ばかり。

だから私は、
鍵の外でシパを語る人ほど、
「二人が好き」と言いながら、
現実に最優先しているのは
「自分の感情」なのだと思っています。

この記事は、そのことを改めて
感じさせる内容でした。


「ジミンの介護お疲れ様」

「ジミンから解放されてよかった」

こうした表現が不適切だという点には
異論はありません。
しかし、その言葉だけを切り取って
非難する一方で、
なぜそうした応酬が生まれるのか
という構造には目が向いていない。

対抗するシパを意識して、
他のメンバーを比較対象にし、
自分たちの解釈を優位に見せようとする。

今回の記事も、グミを語る以上に
グテシパへの牽制が前面に出ていました。
そのような発信を続ければ、
相手もまた繰り返すのでしょう。
お互いにメンバーを材料にしながら
応酬を繰り返す構図は、
なくなるどころか激化していくだけ。

相手の発信だけを問題視し、
自分の発信は「愛に溢れる」
「ジミンは喜ぶ」←
と位置づける限り
この連鎖は終わらないと思います。


特に擬態グミシパブロガー個人の
言動についてですが、
Threadsのグテシパにキレて
表で書いてやろうって決めたんですよね?
以前もイラついたから垢晒したり
テテ下げしたと
明言してましたよね。
貴方が「怒りを制御できない中年女性」
という目で見られる事は
心底どうでも良いですが、
脳直で書くとメンバー下げしてしまう癖は
真面目に何とかしてください。
結局、自分本位で
自分の不満解消が最優先。
メンバー愛は感じられない。

公開するたびに、注意されても
見当違いの理論で反発し、またメンバーが
その材料になる。その繰り返しです。

鍵の外でシパを語る事自体が
対立を再生産している。
そこから、アンチにエスカレートした例は
いくつも目にしていますよね。

迷うくらいなら鍵。

それが、本人たちのためにも、
ファンダムのためにも、
一番穏やかな選択だと
分かりきっている事では?