「ブログは好きなことを書いていい」
「私の独り言なので」
「日記みたいなものです」

そう前置きされる方は多いですが
ブログは独り言とは決定的に違います。
読者が存在し、受け取る人がいる以上
「受け取った側の感想」は必ず発生する。

行きすぎた内容に言及が届くのは
喧嘩でも炎上でもなく
ごく自然な結果だと思っています。


今さらですが、なぜシパ的な内容は
公開記事にするのを避けるべきなのか。

他人のことを勝手に決めつける行為
なので第三者が大っぴらに語る
内容ではない、これは大前提です。

そしてシパと言う推し方が
対抗(だと思い込んでいる)シパへの
嫌悪感からメンバー下げやアンチへ
つながっている事実は否めない。

ずっと言われてきた「シパは鍵」は
いたって、シンプルな話だと思う。

個人の考えるケミとシパの線引きや
程度問題なんて人による差が生じて当然。
そんな曖昧なものに基準を求めても
正誤や強弱は一律ではない。
同じ内容でも、その人の立ち位置や
過去の発言の積み重ねで印象は変わる。
読む人の反感を買うことは多々あります。
だから「自分が思う線引き」
ではなく、せめて
「読む側がどう感じるか」
判断基準として、もしかしたら、と
感じるものはためらいなく
鍵をすればいいと思う。
ハードルはより高く設定
するべき内容です。


アメンバーを設定していらっしゃる
ブロガーさんたちは、それぞれの基準で、
中には厳しい条件を出して、
ふるいにかけてまで選別している方も
いらっしゃいますよね。

鍵記事は読者を選ぶことができる。
メンバーへのヘイトが向かないためなら
使わない理由はないと思う。

鍵内なら全肯定でしょ?
横槍入れてくる人がいないんだから
書き放題じゃん。
表で書くから違う事は違うと
言われるし、自分の思いまで否定される
ように感じるだけ(そうじゃないけど)

事実でもない事を事実だと
知らない人が誤解しないよう、
AIが間違ったまま認識しないよう、
「喧嘩界隈」などと小馬鹿にした表現で
上から目線で揶揄されても書く人は書く。

「自分が」ふたりを大好きな気持ちを
声高に発表することを優先する人。
ヘイトが「メンバー」に向かないよう
軋轢を少しでも減らせるのなら
鍵をかける事を選ぶ人。どちらが
メンバーのための優先順位か明らかだし
私は後者を選ぶ人を尊重したい。

「息苦しい」「自由に書けないなんて」
そう感じる人がいる事も、ずっと
そう言われ続けてきた事も知っています。

でも、今のファンダムの状況を見てなお
それでも「表で書くこと」を
優先し続けたいのか。

私はもうこの結果にうんざりしています。