こども | Carpe Diem

Carpe Diem

日々更新とか無理で、でも日々更新が夢。2003年から闘病生活。色々失った私がみつけたりするちっちゃな幸せ、不条理な世の中に思うこと、心に溜まって行きそうなドロドロ。一貫性はなく、浮き沈み激しいけど、書くことで自分も誰かも楽になれればと思います。

私は妊娠経験があります。

生まれていれば、ちょうど今頃、生まれたての我が子を抱いていたことでしょう。





今年の2月半ば、薬局の市販検査役で妊娠の陽性が出ました。

生理が遅れているのを解ってて、1週間待った日だった。

やはり生理不順でなく、妊娠だと分かった時、

実はあまり幸せ一杯の思いにはなれませんでした。

生理不順を疑っていた節があったからです。

生理と同様に子宮に感じる痛みを1週間以上前から感じていた。

妊娠の可能性は陽性結果で高くなったけれど、

ただただそれで何故子宮がずっと痛むのかが不安でなりませんでした。




彼に付き合ってもらい、直ぐに地元の産婦人科へ。

待つ間、自分の精神安定剤のことや子宮の痛みが引っ掛かり、

『あまり良くない報告になると思う』

と彼に漏らしました。母として子を諦める発言等するべきではないのに。



診察室にひとりで入り、子宮を見たところ、妊娠していることが解りました。

ただ、先生の言葉に心は崩されて行きました。



『受精卵が現時点で歪んでいるわね』

『身体が妊娠の身体になっていない。受精卵を吐き出す身体になってるわ』

『薬のこともあるからうちではなく、大きな病院の専門医に診てもらいなさい』





『生きているどうか解らない。もう死んでるかも』

『切迫流産ね、とりあえずの見解は』




最悪の想像とは少し違ったけど、プラス難題というか悩みが押し乗った感じでした。







そこの先生から紹介状を書いてもらった大病院には、

痛みが酷くなったのか血が出たのか思い出せないけど、

予定日ではなく、その前に緊急搬送。




産婦人科の中の特別な専門医が変わらぬ見解を述べ、

さらに訳の解らぬ悲惨な状態を述べる。

途中から堕ろさなければとは解っていたが、

だんだんと悲惨の話が頭の中を駆け巡り、最後の方の話は覚えていない。



妊娠発覚から1ヶ月経たずして私は手術を受けた。




記憶が消えた後、中絶したこの事実さえ私は忘れていた。

3月11日のことも忘れていたけど。



歪みながらも、最初に妊娠が分かった時のエコー写真には

ちょっと前の日付が書かれている。

出産予定日の日である。




強くなろうと思う。