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A Cheap Log.

Kei

あと数日で神楽月。今年も金木犀は満開になり窓を開けると部屋は花の芳しい香りで溢れた。先日の雷雨で花は殆ど散り朝晩の冷え込みも日を追う毎に増して来た。




茂木から戻り早や半月。先週のマレーシアGPでマルクが再び優勝し年間最多勝タイ記録となった。新記録の懸った最終戦の地元スペインバレンシアは凄まじい盛り上がりとなるだろう。


8日の水曜は朝から快晴で汗ばむほどの陽気だった。
前日から支度し朝からバイクに荷物を積み込んだが入らなかった。約一週間の長旅で今回は仕事道具も多い。スーツ/コート/ブリーフケース/資料とこれだけでも積載容量の半分を占めた。
仕事以外の荷物を減らす以外に術は無くオーバーパンツや薄手のダウン等を間引き漸く収まった。

出発が遅れ名古屋の大手ゼネコンのツレとの昼メシも中止した。
第二京阪から163に入り25号のルートで鈴鹿までは二時間弱。下道でも西名阪から名阪国道ルートより早い。
手短に休憩し音羽蒲郡に7時半頃着で辺りは既に真っ暗だった。

「アンタ今日はどないすんの?」
家内から電話で漸く今晩の宿を考えた。明日からの宿は決めていたが今日は行き当りばったりで適当に決めようとしていた。
豊橋を抜け家内が予約した浜松駅前の宿に10時過ぎに着いた。
チェックインし即出たが既に店は閉り出し近隣のラーメン屋に入り拉麺と餃子を頼んだ。
味は悪くなかった。速攻で食しバイクでコンビニに行き食料を多少買い込み宿に戻った。昔の出張三昧の頃と何ら変わらない。風呂に入り暫し寛ぎ夜半に就寝。


翌朝は早めに起床し9時前に出発。今日も天候に恵まれ暑かった。
静岡は高層建築物が少なく空が広い。ノンビリして良い所だ。
掛川の道の駅で最初の休憩に入りパンを齧り朝食を摂った。




その後も一号線を東に走り静岡を昼頃越え箱根の山越えの後に平塚に3時半頃着き休憩。東京まで僅かとなったが戸塚で道に迷い時間を喰った。5時過ぎに横浜に着き川崎を越え東京に入った頃には既に月食は始まっていた。

雷門の宿にチエックインしツレと上野で飲む約束だったがスマホの調子が悪くLINEの画像が全く見れなくなった。バイクでアメ横の中を走りヨドバシ横の屋台で合流した。
「お前バイクでよう来たなぁ」終電まで飲んで騒いだ。

翌朝は早々に支度し麹町まで走ったが2輪駐輪場が全く無かった。
仕入元の日本法人の自社ビル下に留め午前中一杯打合せの後に日本橋に入り夕方の町屋まで予想外にタイトなスケジュールとなった。
赤坂の代理店のツレと茶に行く約束もペンディングし宇都宮に急いだ。

通勤ラッシュで春日部辺りまで混んでいたが栃木からガラ空きで8時過ぎに宇都宮に着いた。ツレが車で迎えに来て近隣の台湾料理屋で夕食を摂り家に着いて漸く一服した。

翌日からレース期間中はツレの家で世話になり最終日の日曜の決勝後「ホンマ世話なった、有難うな」夕方に出発した。

復路はレース帰りの二輪で満杯だった。只管飛ばし浅草に8時頃着き近所のツレに連絡したがイタリア旅行中で横浜の知人も連絡付かず明日の台風を考え一気に帰る事にした。みなとみらい辺りで道に迷いフォルツァの兄ちゃんに尋ねたら「大阪まで行くの?イッコク行くなら付いて来て」西横浜の交差点で別れ1号線を西に進んだ。

小田原を越え深夜の箱根は冷え込み手持ちの服を全て着込んだ。疲労もピークで睡魔が襲い三島辺りの24時間銭湯を探したが見つからなかった。

意識が朦朧とし目前にマクドナルドが現れ店内でコーヒーを頼み漸く休息。マクドナルドの24時間営業がこれ程有難いと思ったのは初めてだ。スマホも電池が切れ充電させて貰いながら暫し仮眠した。

朝5時頃に目覚めたが既に曇り折角の富士山も殆ど見えなかった。



もうすぐ台風が直撃する。急ぎ出発も藤枝辺りから降り始め以降は断続的にドシャ降りと突風で何度も足止めを喰らった。途中の海も荒れていた。雨を想定せずレインは用意してなかった。誤算だった。ズブ濡れで体温は下がり指先の感覚も麻痺して来た。



愛知から暴風雨は更に強まり真っ直ぐ走る事も困難になった。瞬間風速20m以上は思ったよりキツい。片足を下ろしたまま走った。
再びの豪雨で四日市手前のコンビニに入ったが台風は更に強まり1時間以上足止めの後カッパを買い店を出た。

普段なら鈴鹿迄すぐだが雨で前は見えず風に飛ばされ異常に時間を費やした。近隣に大型の100均があったのを思い出しゴム手袋と吸水タオルを買い名阪国道に入った。

暴風雨の中を走っていると目前に大破した走り屋のクルマがバイパスど真ん中に停まっていた。ライトも消え中に人がいるか皆目分からなかったが構わず走った。

深夜の名阪国道は灯りが殆ど無く雨とシールドの曇りで視認性ゼロの状態で生きた心地がしなかった。
「山のルールは必ず生きて還る事」
そんな漫画の台詞が頭を過る程に消耗していた。

伊賀SAに辿り着きコンセントを見つけスマホ充電し家内に漸く連絡した。本当に心配していた。
「もうチョイやから大丈夫やで」

天理辺りで漸く台風が抜けた。嘘の様に静かになった。
家まで残り僅かだが疲労困憊で阪奈の下りをフラつきながら走り深夜12時を廻った頃にやっと辿り着いた。

家内の顔を見て漸く還って来たとホッとした。「お帰り」涙ぐんでいた。

芯まで冷えた身体は風呂でも容易に温まらなかった。前日9時間に翌日18時間の帰路は堪え布団に寝転んだ途端に落ち翌朝まで泥のように眠った。


翌朝は昨日が夢だった様な爽やかな秋晴れで一週間ぶりの日常に戻った。
久々の二輪の長距離はかなり疲れたが色々あり楽しい旅だった。





先週末は家内と松山に旅行の予定だったが些細な事で喧嘩し中止した。今年に入り初めての大喧嘩だった。本当に怒ると全く口を利かずシカトする。俺の悪い癖だ。数日続いたが「ゴメン悪かった」謝った。

名古屋の仕事は11/5に施工確定で明後日の木曜日に挨拶と現場確認に行く事になった。

仕事での名古屋は10数年ぶりだ。


来週の施工が完了したら仕切り直しで旅行に連れていってやろう…





大型台風19号の荒れ狂う暴風雨の中を命からがら走り月曜深夜に漸く帰宅した。
「もう二度とこんな無茶せんといてや」家内は安堵の表情を浮かべ涙ぐんでいた。
翌朝起きると前日までの悪天候が嘘の様な秋晴れで金木犀も満開だった。
雨でビショ濡れのブーツのメンテや洗濯の後に仕事に取り掛かったが久々の長距離は予想以上に堪え連日貪る様に寝たが疲労は容易に抜けず早や一週間が過ぎた。


決勝は前日までの快晴から一転し朝から曇り空だった。

朝一で帰り支度しツレは先に車で出発し俺はMF03に荷物を詰み終え茂木に向かった。

流石に道は込んでいたが9時過ぎに着きツレは渋滞に巻き込まれMoto3決勝寸前にやっと来た。


顔見知りの女の子がRQでグリッドに立つ事になり「えーきてよぉう」
慌てて当日ピットパスを買いに走ったが案の定SOLDOUTだった。
折角の晴れ舞台で応援に行きたかったが叶わずメインスタンド正面から双眼鏡で辛うじて見える程度で帰宅後に録画を見たが残念ながらグリッド紹介は映らずYouTubeで漸く拝む事が出来た。
今まで見た事ない程の弾ける様な笑顔で心底楽しそうだった。


予選はコースを移動し観戦したが決勝はスタートとゴールを観る為にメインスタンド正面でじっくり腰を据え堪能した。

Moto3から始まった決勝は好レースが続き午後2時にMotoGPクラスがスタートした。

好調のロッシがホールショットを奪い上位陣の激しいバトルが続き序盤でロレンソがロッシをパス後は徐々に差を拡げラップタイムもレコード更新の快走を続けた。



前日のトークショーで多忙にも関わらず時間を割きヤマハブースに現れたロレンソは日本のファンの声援に感激している様だった。派手なパフォーマンスはないが男らしくカッコ良かった。
「ロレンソがんばれ!」握手した感触に「決勝は勝つ」という意気込みを感じた。

レースはその後もロレンソがリードを拡げ久々の「らしい」展開で前レースに続き2連勝を飾った。会心のレースだった。ロレンソもチームスタッフも本当に嬉しそうだった。


年間タイトル王手のマルケスと帝王ロッシの白熱のバトルは今回も激しかった。新旧王者のガチンコの戦いは凄まじくWFOの応酬に思わず大声で叫んでいた。

マルクはロッシを抜き2位で2年連続のタイトルを手にした。今期は開幕10連勝での年間王者。今後も新たな記録を打ち立てて行くだろうが今期の様な金字塔は二度と無いかもしれない完璧なシーズンだった。

ホンダも漸くホームコースで栄冠を勝ち取った。鈴鹿から茂木にGPが移り初の王座獲得で喜びも一入だろう。怪物マルケスとロッシにロレンソのバトルは来シーズンも楽しみだ。



初の茂木は文句なく楽しかった。久々にレースにどっぷり浸り昔を思い出した。当時最強だったドゥーハンは今や「レジェンド」として日本に戻り決勝後にNSRの爆音がサーキットに響き渡った。


思えば当時の最後の仕事が北新地のバイク用品店のドゥーハンのチャンピオン記念Tシャツ製作だった。トップクラス初タイトルでその後他を寄せ付けない圧倒的な強さで前人未到の5連覇を達成した。

間近で見てお互い歳を取ったと改めて思った。久々に昔の写真を引っ張り出すと鈴鹿8耐の祝勝会で一緒に撮ったスナップが出て来た。




チーム関係者という立場上めったに写真を撮る事はなかったが優勝パーティで皆が浮かれ騒ぐ中で上司が珍しく撮ってくれた。デジカメ等まだこの世にない古の銀塩写真の時代だ。


この時既に仕事を辞め家業を継ぐ決意をしていた。
次のF1が最後で二度とこの場に戻る事は無いと思いながら祝杯に酔い痴れた一夜だった。


往復約1,500kmの日本GPは充実した3日間だった。ツレのお陰でフルに楽しめた。帰路のダメージ回復に一週間近くかかったが行って良かった。


11月の鈴鹿のロードレース最終戦も久しぶりに足を運びたくなった。


先ずは名古屋の仕事を片付けてからだ…





雷無月に入り経産省の大型施策で月初から多忙な日々が続いた。

今年は金木犀の花が珍しく殆ど咲かなかった。天候不順の為か原因は不明だが秋祭までに例年通り芳しい香りに包まれ満開になる事を願い火曜に出発した。

初日は準備に手間取り2時頃出発し結局浜松迄しか辿り着けず。
翌朝9時過ぎに出たが下道の静岡は通過にかなりの時間を食い夕方に漸く横浜に辿り着いた。トヨタの黒塗りのアルファードが交差点縁石に乗り上げているのを尻目に通り抜け8時頃に雷門の宿に着いた時には月蝕は終わった後だった。

上野に向かいツレと夜半迄飲み続け翌朝は早々に支度し終日仕事に専念した。
日本橋中心街をMF03に跨がり仕事をする日が来る等と夢にも思わなかったが一旦来てしまえば思いの外便利だった。
町屋の最終の仕事が片付き宇都宮へ急いだ。2時間弱で到着後にツレと落ち合い近隣の台湾料理屋で暫し寛ぎツレの家に到着後も飲み続けた。

翌朝は早々に支度し茂木に出発した。





久々のサーキットは爆音と懐かしい匂いに溢れ仕事当時に戻っていた。

生のマルケスのライディングは予想外にスムーズな走りだった。

ロレンソも先の優勝で明かに調子を上げ絶好調の中ロッシも万全の様だった。



翌予選二日目はツレのセダンで出発し北駐車場に停めFP3から終日観戦した。

予選の合間にメーカーブースでライダートークショーを見に行ったがマルケスは超満員だった。

終了後に受付で現在HRC取締役になられた仕事でお世話になった方を訪ねたがピットに入ったきり戻って来ていないとの事で対応頂いた課長と名刺交換の後ヤマハブースに入りロッシとロレンソのトークショーまで3時間近く待った。

ロッシは都合つかずペンディングになり残念だったがロレンソ単独トークショーは凄まじい盛り上がりだった。無骨だがいい男だと改めて思った。最後に握手しブースを後にした。




予選終了後は冷え込み車に戻りパーカーを着込みツレと軽く食事の後に最終イベントのMINMIのステージを堪能した。

大阪を出て早や5日で既に700km。 流石に疲れも感じ嵐の復路は横浜の仕事で世話になった方の家で雨宿りになるかもしれない。


明日はいよいよ決勝。予想はロレンソで続きマルケスにロッシだが果たして如何に?
長月も残り僅かとなり朝晩めっきり冷え込んで来た。

先月末に久々にブログを綴ったが突然消え放置したままだった。

繁忙期は雨に祟られ散々だったが新規発注獲得し今期も何とか持ち堪えた。
月末には纏まった売上も上がり漸く一息つける。


先月末はツレと久々に須磨に行った。

ガキの頃は夏休みは田舎に還され日本海で泳いだ。中高と部活で休みも無く大学時代に多少自由になったが学費稼ぎで自由な時間は限られた。

三回生の時にツレが主催する多国籍サークルのパーティを須磨でやろうと持ち掛けられたのが最初だった。

初めて行った近隣の海の汚さに唖然としたのが強烈な印象だった。

当時付き合ってた彼女を連れバーベキューに音楽で外人や日本人を集め騒ぎ倒した。

彼女を車に乗せBGMで流したSKAは今も当時を思い出す。






Jリーグも久々に観に行った。

長居は結婚前の社会人アメフトチーム練習後にツレがLBで出場していた鹿島-京大戦以来だった。

現在は入口ゲートも立派になり俺達が現役の頃に冬の選手権予選の入場行進した頃とは雲泥の差だった。



スタンド再上段で観戦した。臨場感は最前列だが展開は上からが見易い。

現役時代に観客が殆どいない国際試合の観戦の折も大半の客は上から海外チームのシステムを研究していた。

試合自体は平凡なものだったが家内は楽しんでいた。


最近は殆ど遠出も出来ず仕舞いだった。

来月の中旬は家内を連れ四国に旅行する。久々の遠出で天候に恵まれる事を今から祈っている。


来月の日本GPはMF03で行く事にした。

一昨年から宇都宮に移住したボール蹴りのツレにバイクで行くと伝えたら「お前相変わらずアホやなぁ。俺も行くからウチ泊まれや」取敢えずレース期間は宇都宮泊になった。

7日出発で途中ブラつき8日に首都圏入りし晩にツレと飲み翌9日は終日仕事で夜半に宇都宮入りし翌朝サーキット入りでプラクティスからゆっくり見物する。


初もてぎは取敢えず3日間通しの自由席券で観戦する事にした。


11日の前夜祭はクラブイベントと銘打ち晩からMINMIのライブもある。

レースも様変わりしたものだ。思えばクラブも長らくご無沙汰だ。




来月は残りの仕事も早々に片付け久々に自由な時間を楽しみたい。


長かった夏も過ぎれば一瞬の様だ。ジャニスの唄が沁みる初秋に酒が殊の外美味い。



https://www.youtube.com/watch?v=bn5TNqjuHiU



終戦後69年の今夏は冷夏予想に反し酷暑となったが葉月は台風上陸で予想外に雨が続いた。

盆の間も家内は役所勤めで休みがなく14日の夕方に二人で義父の墓参りに行った。

月日の流れるのは早い。去年の墓参りから既に一年が経た。阿倍野の広大な墓地の中で今年はすんなり辿り着けた。墓を綺麗にし仏花と線香に酒を供え家内と手を合わせた。

自営は休日など無い様なものだが盆暮だけは取引先が長期休暇でユックリ骨休み出来る筈がなかなかそうはいかない。

盆休みの間にもう一戸の持家の1階を事務所に改装する為に弟と二人で内壁の塗装を仕上げた。

二人で作業をしたのは19年前の大阪モノレールの大型工事が最初だった。震災後の職人不足の中で散髪屋を辞めブラブラしていた弟に仕事を手伝わせたのが切欠だった。
その数ヵ月後に会社経営の方針で以前から母と対立していた俺は店を飛び出し7年近く母と弟と会う事は無かった。
その間、弟が職人として店を守った。会社経営も営業も全く出来なかったが震災復興が一段落して以降は俺が店を継いだ頃の様に不景気になり元請のゼネコンからの発注工事を請負うだけで食い繋げた。然しながら弟に長年苦労を掛けたのは紛れも無く俺の責任だった。

「何で逃げたんや」弟は長年俺を恨んでいた。震災復興が遅々と進まず発注依頼が来ても職人手配が出来ず仕事を断る事が続き見通しが絶望的な中で俺は黒字倒産の共倒れが怖かった。会社存続に残された手段は固定費圧縮しか無かったが母は全く何も分かって無かった。弟も手伝い始めで会社の実態を全く解してなかった。

「お袋に頼まれて会社辞めて店入ってすぐ震災なって兄貴一人でホンマに大変やったんが今はよう分かる」酒飲みながら笑って話せる様になるまで長い歳月を要した。


俺が下塗りし弟がトップを仕上げた。流石に上手い。これだけの仕事が出来る腕の職人も今は本当に少なくなった。
店を閉めてから弟は足を洗った。「兄貴も分かるやろけど今の現場で満足いく仕事は絶対出来ん。だから俺はもうやらん。」

大手ゼネコンの旧友も「○○な、今の現場の子らが日給8,000円ぐらいで生活してるんはホンマ申し訳ないと思てんねんけど、俺らもどないも出来へんねん…」

東北の復興とオリンピック景気に沸く首都圏に手を奪われ関西の職人不足は深刻さが増す一方だ。

今日は漸く終日ユックリ休めた。家内も疲れが溜っていて二人で久々にノンビリ過ごした。



今期のモトGPのマルケスの快進撃を誰が予想できただろうか?

前年の開幕戦で何れロッシの後を継ぐと思ったが若干21歳の若造が僅か2年でこれ程の怪物になるとは予想だにしなかった。

開幕10連勝で迎えた11戦ブルノでマルクが勝てばGP史上新記録となる。

路面温度20℃弱の曇り空の中で上位陣の激しい戦いは序盤から繰り広げられた。






マルクのマシンはセッテインングが纏まらず前後のスライド激しく序盤こそ踏ん張れたが後半は曲がる事すら厳しい状態だった。

ロレンソも久々にキレた走りでロッシも得意なブルノで前日の負傷も物ともせず飛ばした。

序盤にトップに躍り出たペドロサの走りは久々に目の覚める様な走りだった。全く隙が無かった。

Who stop Marc? 「誰がマルケスを止めるのか?」

遂にペドロサが止めた。例えがおかしいかもしれないが千代の富士の連勝を止めた大乃国を思い出した。

マルクが勝てば新記録はホンダのモノになる。恐らく今後破られる事の無い大記録となる筈だった。

マルクは4位に沈みトップクラスに上がり完走したレースで初めて表彰台を逃した。

僅か2年で数々の記録を塗り替えたマルケス。爆発的な若い力の凄まじさで駆け抜けた今シーズンも早や後半戦となり次戦以降のレースも期待したい。



ロビン・ウィリアムズさんが逝去された。

俺の大好きなジョージ・ロイ・ヒル監督作品の中でも「ガープの世界」は特にお気に入りで結婚前に付き会ってた家内を連れて名画座に行った事もあった。

男にしか分からないセンチメンタリズムを表現できる数少ない名監督だったロイヒルの作品に銀幕デビュー初期に抜擢された事は彼のその後の映画人生を大きく方向づけたと思われる。

ボブグリーンと同様にアメリカの良心を感じる人物だった。


天国でロイヒル監督に久々に再会されている事を願いご冥福をお祈り申し上げたい…