ええ天気の休み、今日は家内と僕のおったアパレルメーカーの社販に買い物に行った。
雨やったら困るな~と思ってたけど、晴れたからいつものように250のスクーターで出掛けた。
金曜日やのに朝一番からよう入ってた。退社してもう14年になる。早いものだ。
年々出物が少なくなって、結局家内は何も買わず。僕はスーツ二着と東京の親父に父の日の贈り物買った。知った顔に挨拶してるとキリがないので午前中で撤収した。
帰宅してモトクロッサーのマフラーの仕上げしてから府立図書館に本返しに行った。
帰宅してパソコン立ち上げたら、大阪の先生の書込みで云々と配信メールの見出しがあって見たが何か寂しい気持ちになった…
昔大阪に来た頃の事を思い出した。昭和47年の暮れやったから、1972年(TheWhoの全盛の頃や…)。この頃はまだ大阪も今より雪が降ってた。
最初は強烈やった。言葉が通じん。別世界で会話にならんかった。
「おまえ何いきっとんねん」意味のわからん言葉とむっちゃはやい話し方。住んだ場所も品のええところやなかったから余計やけど、近所の悪ガキ数十人にしばかれて転がって空見とった。
このままやったらあかんと思って次の日からキッチリやり返していった。気付いたらそいつらと一緒に草野球やって遊んどった。
「よしてぇ~」言うたらすぐ遊び仲間になれた。知らん子が来ても誰かが「ええでぇ~入りぃや」言うたら一緒に遊んだ。一人ぼっちの子が一緒に遊びたそうにしとったら、「一緒に野球せえへんか?」て声かけて友達になった。まだ塾行く子が少ない時代やったから、学校終わってから日暮れまでよう遊んだ。
今の大阪は「よしてぇ~」が必要やと思う。意地はってもしゃーないのに、大した事ない事に拘りすぎて余計に身動き出来んようになってる人が多い。
片意地はらんと、知らん人らにも気軽に「よしてぇ~」言うて、人の輪を創っていく事が大切なんや。昔の大阪はそうやったと思う。
ちょっとだけでええから、身近な人にそんな気持ち持つだけで毎日が変わって行く筈や。
以前御世話になった方が亡くなられた。今日連絡入ったが、告別式は終わった後やった。まだ47歳やった…会社経営しながら海外の子供達を受け入れて面倒みてはった立派な方やった。
以前その人にミナミで朝まで酒飲みながら本気で怒られた。「しっかりせんかい!ど阿呆!」ほんまに心配してくれてるんやと気持ちが伝わった。物凄く嬉しかった。「頑張って胸はれるようになったら今度は奢らして下さい」言うて約束したのにとうとう果たせず仕舞やった…
ご冥福をお祈りします。それと頑張って生きますからあの世で見とって下さい。