70年前の今日、東京大空襲があって10万人の方が亡くなった。
私の父はその時、東京の新橋に住んでいた。
それまで、疎開をしていた子供もいたらしいが、元気のよい子供は都内に残っていたんだと。
当時小学3年生だった父もその一人。
焼夷弾が雨の様に降り注ぐ中を逃げ惑い、
ビルの地下に逃げ込んで助かったとのこと。
焼夷弾がビルに当たって、「ゴーーン、、、、、ゴーーン、、、ゴーーーン」
という音が恐ろしくて恐ろしくて、、焼夷弾はビルに跳ね返り、道路の向こう側に落ちて恐ろしい炎をあげていたという。
熱くて、火傷して堪らずに、川に飛び込んだ人々の頭が次々と燃えて行ったのを見たという。
川の両岸の炎が川面に達して、火の川と化していたとのこと。。川に飛び込んだ人の髪の毛が、一瞬にして燃えるのだと。
頭が燃える光を忘れることができないという。。
地獄絵とはまさにこのことだろう。。。
翌朝、父が見たおびただしい数の遺体。
「新橋の鉄橋が家から見えた。信じられない程の焼け野原だった」
と、言っていたのを思い出す。
その後、長野へ疎開して終戦を迎えたらしい。
この話は忘れてはならないと思う。
アメリカ人達は、空爆にあたり、
明らかに民家だと知っていながらに焼夷弾を落としていった。
「民家だと思うな!民家に見える工場だ!家に住むひとりひとりは工員だと思え」
そういう命令を受けたという。
戦争は人を狂気にさせる。
今なお、狂気の沙汰は続いている。。。