女性は思春期を迎えると、少女から女性に
見事に変身していく。基本的に真面目だし
社会への適応能力も高いから、蛹から蝶に
変わるように変化していくのではないかと
(まあ勝手に思っているのだが)想像する。

男性はそうはいかない。今日古いドラマを見て
いてそう思った。少年が出てくる。何か自分に
都合の悪いことがあると、隠そうとする、言い訳を
する、あげくは友達のせいにする。罪を被った
友人に「お前は汚い奴だ」と罵られる。およそ
人間として最大の侮辱の言葉だ。

しかし、多少なりともみんなそんな道を抜けて
来たのではないのだろうか。小学校のころに
放課後学校のガラスを割ったことがあった。
自分がやりましたととうとう言えなかった。
その自責の気持ちは今も覚えている。最初の
女性と別れたときもちゃんとした道筋を踏んでない。
その後悔の気持ちが自分を変えたなんて偉そうなことは
言わない。

ただ、その後悔の気持ちがどこから来るのかは
少しは考えた。怖いけど、逃げてはいけない局面が
人生にはあるのではないかということも少しは
想像してきた。何が必要で何が必要でないのか、それも
少しは選択するようにしてきた。

今日、マイケルJフォックスのインタビューを見たら
とても良いことを語っていた。彼は自伝を読むと
若いときはけっこういい加減な男だったようだ。
しかし与えられた病について、「人生には逃げては
いけないことがあるということを教えてくれた
僕へのギフト」だと語っていた。そして演技にも
人生にも「大事なのは付け加えることではなくて
そぎ落とすことなんだ」と語っていた。

これと同じ言葉をやはり本で読んだ記憶がある。
若いときのクリントイーストウッドは掛け値なしの
ならずものである。今は世界一の映画監督だろう。
彼も演出で大事なのは「極限までそぎ落とすこと」だと
語っていた。

自分の駄目さ加減を知ったとき、卑怯さを自覚した
時が未来を選択するときなのではと思った。