さて重要なのは大戦にいたるまでの大陸の状況を述べているところです。長いですが
書いてみました。
「・20世紀最初に餌食になったのはアメリカであった。しばら
くして反米運動は収まったが親米になったからではなく、
与しやすいと侮ったからである。
・こういうことを頭に入れた上で日本をみなければならない。
日本は日清戦争に勝利したが「国際道義上、他国の領土を分捕
ることは許されない」という列強の干渉で多くの権益を奪われ
た。
・しかし、取り上げられたものがそっくりロシアのものになった
から怒りが爆発した。それだけではない。ロシアに対しては
国際道義なるものは一言もいわれなかった。
・さすがの日本人も怒髪天を衝く。日露戦争が始まった。ロシア
を一蹴した日本は下関条約で確定した権利を行使すべく和平交
渉に臨んだ。
・しかし列強はまたもや崇高な国際道義をたてに様々な日本の
要求を退けた。
・1915年日本が出した対華21ケ状要求で、最大のポイント
は1923年に期限切れになる鉄道租借権の延長だった。
・実は、内容が世間に公になる前に中国側から「内容はこれでい
いが、”要求”ということにしてほしい。やむなく調印したとい
うことにしてほしい」と依頼され、日本はそういうことならそ
うしましょうとなった。
・公表されるや「哀れな中国人にこんな要求をするなど許せん」
とアメリカがかみついた。列強も同調した。1915年、アメ
リカは世界を自由を求める道徳国とドイツに代表される抑圧を
好む卑しい国に2分した。日本は後者に分類されたのである。
・1928年から1931年まで4回も妨害・いやがらせを受け
てはさすがの日本人も怒りを抑えることはできない。汗と涙の
結晶である満州鉄道は満州が無法地帯であるがゆえに(匪賊集
団の攻撃により)減益となるばかりか、鉄道付属設備が破壊
されるなど反日政策の脅威に晒されていた。
・ここに張学良が登場し反日運動が嵐のようにわきあがった。
国民党政権も反日運動を推進し日本からの借金など返済する義
務はないと公言し、学校の教科書には大嫌いな日本という歌ま
で作って歌わせた。
・1931年9月柳条湖で事件が起こった。中国にいる米英の
官民の大勢は「中国人は今回は相手を間違えた。この数年アメ
リカ人、イギリス人に対してはやりたい放題だったが同じ手を
日本に使ったのが間違いだった。日本人は手強い。自らまいた
種である。我々が何年もやるべきだと思っていたことを日本が
やってくれた」というものだった。
・しかしアメリカ新聞界は「アジア大陸制服作戦を練る日本」な
どとんでもないことを書く。アメリカ世論がこうまで対日批判
一辺倒になったのは、満州事変に至るまでの事情が伝わらなか
ったからである。
・何年も前から中国当局は略奪を黙認し反日プロパガンダを繰り
返した。鉄道を破壊し日本人を狙撃、殺害した。反日行為を煽
ったのは外ならぬ中国政府である。」
