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石田マネジメント事務所

技術やものづくりに関する最近の話題と気づき、ちょっとした備忘録を書いています。

最近、高校生の時のように次から次へと本を読んでいます。特に、小説で、サマセット・モームとか、新田次郎とかスタイン・ベッグ・・・など。

 

厳しくも実直に懸命に生きた人々の生き様に、グっと来るものを感じているのだと思います。

 

10年ほど前になりますが、実家の家業を継いだものの、自らの不徳の致すところにより会社を消滅させてしまったことのある元経営者の方の講演を聞いたことがあり、その中で、経営者は学びが必要である。人の生き様に感動することで、人の心を知る必要がある。それには読書、特に小説が良い と語っておられたのを思い出します。

 

最近むさぼるように小説を読んでいるのも、きっと立派な先人の心に触れたいということを求めているからなんだろうと感じています。

人材育成にはいろいろな書物、セミナーなどが紹介されていますがほとんどが、新人から課長クラスあたりまでのものです。

しかしもっとも肝心なのは、社長はじめ経営幹部の候補をいかに見出し育成するかのはずだが、日本の企業ではここがちゃんとできていないように感じます。

幹部研修というと、MBAのビジネススクールの授業に出てくるような経営指標など財務的なことが多い。これはこれで間違っているわけでもないが、数字だけ言っていれば経営しているかのような錯覚に陥る。そういえば現役時代、口を開けば数字のことしか言わない幹部ばかりだったような気もします。

東芝の問題はじめ次々と不祥事が発覚する日本の会社をみていると、何かが間違っている、そう感じている人は多いのではないでしょうか。

本当は、大きな組織を動かしてゆくために必要な考え方、振る舞い方人との接し方、働きかけ方など全人格的な徳育こそ必要なはず。東芝問題を扱う書籍の中には、「凡人が会社をダメにした」というようなことも書かれていましたが、経営幹部たる人は凡人つまり、サラリーマンのなれの果てではいけないということなのでしょう。これはその通りだと思う。

しかし、周りを見渡してみればどうでしょう。東芝問題が明るみにでた時、「ウチの会社だって似たようなもんだ」と囁いていた人たちはたくさんいたと思います。

 

新入社員の頃から管理職あたりまでは、なんとか教育もやりようがあるかもしれないが、そこから上、幹部経営者とはいかにあるべきかということや、どう育成できるのかは今後の日本の会社にとって相当まじめに考えなくてはいけない時に来ているように思います。

今やこのトレンドこそ時代の最先端で、AIやセンサーなど支える技術革新も大きな話題になっています。仮に自動運転が実現され、当たり前の世の中になるとどうなるのかを想像してみました。

 

まず、超高齢化となって総人口の半分近くが60歳以上の世の中になっているので、自動車を運転するドライバーが激減しています。自動運転車は便利な乗り物ですが、感覚的にはもはや自動車というよりも、電車に近く、自分で購入し所有する人もほとんどいなくなるでしょう。つまり、車の販売台数はかなり減少してゆき、自動車メーカはJRのようなインフラ事業者になるでしょう。

 

免許証を返納する人の方が多いのだし、自動運転で自宅前まで来てくれて、行き先の真ん前まで運んでくれるのはとても便利ですね。白タクのような物がたくさん出回っているかもしれない。

 

セキュリティ攻撃によりシステムがおかしくなるということは従来から言われているところですが、攻撃と防御のいたちごっこは、ずっと続くので、時々大規模な自動運転システムの停止が生じる。事故も起きるでしょうが、犯罪もかなり増える。行きたくもないのに、勝手におかしなところに連れて行かれ、誘拐や押し売りなんかも起きるに違いない。

 

渋滞は解消するかというと、自動車の台数自体がへるということでは効果を期待できそうですが、観光スポットやコンサート、スポーツの試合など人が集まるところには集中するのは変わらないだろう。でも、渋滞で疲れても自動運転なので居眠りもできます。