arduinoで計測した温湿度データをサーバにnode.jsで送って、グラフ描画なんて簡単だと思っていたのですが、描画のところで時間がかかってしまいました。
Javascriptのいろいろなライブラリ(node.js、Chart.jsなど なんとか.jsの類)のよい勉強になりました。
しかしJavascriptは気の利いたエラーメッセージもないし、ほんおちょっとの期間にどんどんバージョンが変わり、あっというまに互換がなくなるので、ググって調べたサンプルソースも半分以上動かなかった。
Jetson nano ですが、結局何度もmicroSDを焼き直しています。JetPackのバージョンが 4.2.2 ではいろいろ困ることが出てきて、4.3に入れ直しました。
当然、tensoeflow-gpu とかnvのバージョンも変わりますが、なんとかでき最後にJupyter notebookを入れようと
pip3 install jupyter notebook
とやると途中で真っ赤なエラー。sudo が要るのかと思い sudo付きでやっても真っ赤。
sudo apt install jupyter-notebook
でやっと入った。
今から30数年前は、米国発のUNIX、WindowsNT、RDBなどが急速に成長し既存のコンピュータシステムを置き換えるオープンダウンサイジングが燎原の火のように広がっていました。
当時日本国内の電機メーカとかコンピュータメーカは皆各社独自の大型汎用機とかオフコン、ミニコンを持っていて国内でそれぞれ一定のシェアを上げていたので、このオープン化は頭痛の種でした。
当時自分の会社でも同様で、自社独自マシンを売っている部門とか経営層からはUNIXを扱っている組織は、口を開けば「利益が出ない」と言われ蛇蝎のごとく嫌われていました。。
当時社内で有名な、自称コンピュータの権威である、”大”技師長のYという人物がいて、UNIX、OracleやSybaseなどは事あるごとにやり玉にあげられていました。
・UNIXやOracle/SybaseなどのRDBは遅く、原因不明の停止が多く使い物にならない
・トラブルが起きても原因究明もろくにできずまともに答えられない
と激しく叱責された記憶がある。IBMのS/390の仮想記憶の仕組みとの違い、ISAMとRDBMSのアクセスの仕組みの違いに基づいて納得のゆく説明をしろと言われそれはそれで勉強にはなりました。
RDB内部アーキテクチャに基づくOracleとSybaseの違いとか、SPARCチップの特徴、SystemVとSolarisの相違など資料を片っ端から読んだり、動作検証などをしたりする時代的な余裕もあったのだろうと思う。
「とりあえずリブートしてみて下さい」 とか 「ユニットごと交換してください」 なんていうことが答えになるか と激しく言われたものですが、米国のオリジナルメーカも次の開発要員確保が優先で、過去の不適合なんかに人員を割けないというのが実態だったので板挟みになって苦しんだものだった。
あれから30年ちょっとの間で世の中は激変しましたが、コンピュータの世界も大きく変わった。
現代のパソコンやサーバとか、ラズパイ、Jetsonなどはモジュール同士のバージョン組み合わせがちょっと変わるととたんに動かなくなるのですが、携わっている人たちは皆そんなことは当たり前と思っています。
社会の重要システムが全てこういう代物でできているわけではないですが、大昔の汎用機、オフコンの多くはオープンマシンに置き換わっているので、過去の遺物をお守りしなくてはならない現場は大変だろうなと思います。
この30年を振りかえってみると、日本はITにおいては米国に完膚なきまでに敗北したと思いますが、世界を支配しているIBMの牙城を突き崩すような、SunとかOracleなどの伸長がよしとされる、という経済人の精神の違いなのでしょうか。
お金を持っている投資家にはぜひ、若い力に投資してほしいと思います。