山本七平氏の著作である「空気の研究」。山本氏は日本人の作る社会では、空気がものごとを支配する という。そしてこれは、いつか消えてなくなるというようなしろものではなく、日本人が存在する限りなくなることはないかもしれないだろうとのこと。
現在、豊洲の移転、環境汚染問題について百条委員会が昔の市場長、当時の都知事、都議会の関係者を証人喚問しているが、
「豊洲への移転は既定路線であった」
「土壌汚染に関する東京ガスの瑕疵担保は法令の範囲で実施されていた」
「この件は都の◯◯局と◯◯室の所轄事項だった」
というような見解が述べられている。簡単に要約すると、
なんとなく、そういう雰囲気でものごとが進行していて、その流れにもの申すことができる状況ではなかった
ということだろう。これはきっと言い逃れではなく、その場の雰囲気、空気を正しく状況を述べていると思う。なんとなく決まった決定を翻すためには、大変な労力がかかる。場合によっては、自らの政治的地位、立場が消失し、ひどい場合は生命も脅かされる。我々の社会とはそういう社会なのだ と今回のことを見ていてつくづく思う。
旧日本軍を題材にした「失敗の研究」にも似たようなことが書かれているが、70年前も今も変わらないのが、この空気の問題だ。
変更コストがあまりにも高くつくため、誰もものが言えなくなってしまうのである。東芝の不正問題などはじめ日本社会のすみずみを覆っているこの、本当のことが言えなくなる風土はこの先もずっと生き続けるのだろうか。