泰山木の木は

今 ようやく涼しくなった風を受け 木の葉を揺らしている

見上げると 初夏に咲いていた あの白い花が 脳裏に浮かぶ

 

そしてその白い大きな花に 

あの独特の「お兄ちゃん」の面影が重なる

 

父が亡くなった時、中学生の兄の腕には 白い箱が乗っていた

その箱がお父さんだなんて

3才の私には とうてい信じられなかった

でも その箱を持つ兄の顔からは 

幼い私にも 心が痛いほどの哀しみの色が読み取れた

 

今思えば 父親を亡くした哀しみ以上に

14歳の少年の肩にかかる 責任の重さには

つぶれてしまいそうだったに違いない

 

彼は四人兄妹の長男として しっかりと母を支えていた

幼い私を不憫だと思ってか とても可愛がってくれた

 

 

ところが 成長して独り立ちしていったあとには

まるで別人のように 

自分の好きなことをする生き方を するようになっていた

 

 

ただただ 自分の好きなことを素直に追求していく姿は

その無邪気さゆえに なぜか憎めず

友人たちにも愛されていた

 

その兄が 癌とわかって8か月

手術も何の治療もせずに

ただ 貧血になれば輸血、浮腫みが出れば利尿剤を服用

そんな対処療法だけで通して来た

 

身体の辛さは一度も訴えたことがなく

動き回りたい彼は

入院するたびに 「帰りたい」を連発して 

あまりの我儘に 何度退院させられたことか…

 

先生や看護士さん泣かせの患者だった

 

主治医の先生は

 大変な患者さんですが あれだけ好きなことをするから

 癌も進行が遅いんでしょうね 

 勉強になりますよ…

と苦笑いをなさっていた

 

私はひたすら お詫びするばかりだった

 

痩せて体力が落ちて来ても 少しも嘆かず

好きな碁をうちに 碁会所に行き

コーラスも夏まで一緒に歌い

友だちとの食事会にも3週間前まで参加した

 

9月15日の敬老の日には タクシーで贈り物を受け取りに行き

紅白饅頭を口にしたという 

 

翌16日 いよいよ立ち上がれなくなって入院

そこでまた 色々あって一度退院

二日後に最後の入院をした

 

そして8日目 息を引き取った

様々な出来事にも 哀しみを引きずることなく

ただひたすら好きなことをして

明るく駆け抜けた 生涯だった

 

私の中では今も

あの中学生の時の 凛とした憂いに満ちた顔

一緒に遊んでくれた優しい顔

サナトリウムの病室で 花を描いている にこやかな顔

 

そして 我儘ともいえるほどに 好きなように過ごしていた兄の姿が

泰山木の白い花の中で 交互に浮かび上がる

 

お兄ちゃん ありがとう

お兄さん お疲れ様!

 

今頃 長い間会ってなかった お父さんに会っていますか

8年前に他界した お母さんに会っていますか

 

そう言えば お葬式の日は お母さんの命日でしたね

 

 

きょう 夜の空を見上げると

丸い大きな明るい月が 凛とした姿で輝いていた

いつもに増した 静謐さを湛えた姿で

 

人は生まれ 旅をして そしていつか旅路を終える…

 

旅路を終えた兄に 静かに祈りを ささげます