ひとりで練習問題に取り組んでいた A ちゃん
私の顔をじっと見て 考え込んでいる
きた~
A ちゃんは感覚的に捉える子だから
時々 算数の問題がA ちゃんの感覚とうまく一致しない
どうしたの?
う~ん ねぇお婆ちゃん 4割る1ってできないよね。
え?
私は 彼女の頭の中を想像した
割り算は1でも割れるよ と言えば済むのだけど
A ちゃんはきっと 何か腑に落ちていないところがある
じーっと顔を見ていると ふと思い当たった
そうか 割るっていうのは A ちゃんの思考の中では
その物をどこかで 切り離さないといけないと
思っているようだ
そう思えば4÷2は 二つに分けて離せばいいけど
4÷1では 分けられないよね
そこで「割る」にこだわらずに「何人で分けるか」を使ってみた
たとえば 6÷1のことを考えてみよう
Aちゃんの好きなチョコが6個あるとき
二人で食べれば 3個ずつだね
三人なら 2個ずつ
だけど もし一人だけしかいなかったら
Aちゃんが6個全部食べられるよね
その話になると 彼女の目が輝いてくる(笑)
そう だから6÷1って 食べる人がひとり っていうこと
それも 算数では 6÷1って書くんだよ
な~んだ そういこと! じゃ、〇〇÷1 もあるね
A ちゃんは嬉しそうに 問題を解いていく
そうね こういう子もいるんだよね
生活の中の言葉と 算数用語が うまく繋がらない子もいる
そんな子は もやもやしたまま 進んでいくから
頭にしっかり入らないのだ
うまく説明できて 良かった~
実は最初 どうやったら納得してくれるか 一抹の不安もあった
今 A ちゃんの笑顔を見て ホッとしている
じわ~っと 幸せな気持ちが広がる
自分が 最初分からなくて後に理解した部分の説明は すぐにできるけど
思いがけない質問が来たときは 最初「どうしよう」と思う
でも その後の謎解きの時間が 実は私が全集中する時間なのだ
謎解きは 日本語を教えている時にも 必要となる
先日 古事記を題材にした文を読む教材があった
イザナギが 追って来る鬼を切り倒しながら逃げていく場面
「鬼は 切っても切っても 追いかけてきます」の文
先生 「切っても切っても」の文 分かりません
何か 「切っても」の主語がおかしいのですが
そうか~
日本語を母国語としない人たちにとって
この文には とても違和感を感じるのだ
私は 自分ひとりでこの文を読んだ時に
全く違和感を感じずに 過ぎてしまっていた💦
そうですね。ここは
切っても切ってもの主語、イザナギが省略されているんですよ
「鬼は(イザナギが)切っても切っても 追いかけてきます」
という意味です。
例えば 母親が何度注意しても 片づけをしない子のことを
「うちの子も 注意しても注意しても いつも片づけないのよ~」
とか、お母さんたちは よく話していますね。
この時も 注意するのは 私(お母さん)ですよ。」
日本語は主語を省くことが多くて…ごめんなさい💦
思わず謝ってしまった
……
人は生まれながらに それぞれ考え方 感じ方が異なっている
その上 それぞれの文化や 育った環境によっても
受け取り方が大きく異なる
そんな中 一律に教えていくのは 本当に難しいと思う
それぞれの人たちの思いや感覚に合わせて
教え方も考えていく必要があると しみじみ思う
そして何より 相手を理解しながら
その時間を楽しむことが 大切なのだ
教えるということは
相手を理解し 気持ちに寄り添うことだと
しみじみ思う
私には どこまで できるか 分からないけれど…