先日 今まで長い間関わってきた S 先生とのお別れの時がきた

本当にずっと 一緒に仕事をしてきた

といっても 私はただお手伝いをしただけ

それでも 長い深い関わりだった

 

先生は本当に研究することが大好きで 

一旦始めてしまうと 夢中になって 全く周りが見えなくなる

 

何をしても つい周りが気になってしまう私から見ると 

まるで別世界の人

またそれゆえに 彼女の研究の姿勢には 謎の魅力があった

 

97歳の最後の日まで この先の研究のことを考え続けた日々

生涯 ご自分の人生をしっかり「生き切った」感がある

 

 

最初に出会ったのは 先生が50歳代 私はまだ30歳代だった

あることをきっかけに知り合ってから

娘たちが小学校に行っている間の 数時間

先生のお宅に行って お手伝いしていた

 

写真やスライドの整理 ご主人様の出版物の校正の確認       

S 先生ご自身の研究資料の 短い英語の資料の翻訳などもした

 

ある日の話

午前中から仕事を始めたけれど 午後1時になっても2時を過ぎても

先生は時間を全く気にされていない

まだ若かった私は お腹がすいてきて でも言えずにいた

そしてとうとう 不覚にもお腹の虫が ぐ~っと鳴ってしまった💦

 

私自身は 恥ずかしかったけれど

先生は 急にびっくりした様子で

  あら~ もう2時過ぎているのね!

  お昼忘れてたわ 通りのパン屋さんで 何か買ってきてちょうだい

その びっくりしたような声と動作は 仕事中の様子と大違い

そこに大きなギャップを感じて 心底 可愛いな~と思ってしまった

 

マイペースの先生なので 時には あらあらと思うこともあるけれど

その とっても素直な無邪気な反応で つい全てよし、と思えてしまっていた

 

最初は 原稿用紙を切り貼りしながら 文章を繋いでいたのが

ワープロを購入して 文章の順序を変えるのも随分楽になった

それがやがてパソコン替わり 作業効率も格段に上がった

 

やがて 私は九州へ そして先生は東京へ

それからは ファックスで原稿が送られてくる

それを自宅のパソコンで入力して フロッピーに入れて送る

 

そのうち互いにメールでやりとりし

データーの保存も フロッピーディスクからCD そしてUSBへと容量も増え

添付ファイルも駆使するようになった

こうしてみると 長年の間に使う道具が様々に変化したことで

随分長いときが経ったのだと 改めて思う

 

ただ 離れてのお手伝いにも限りがあり

年に一度は東京まで行って1週間前後泊まって まとめて仕事をした

 

宿泊しながらの仕事で 家事も飲食も一緒になると

うっかりしていると 食べるのを忘れてしまう先生に

声をかけて食事の準備をすること 夜に早く休ませることも 

私の仕事の一つになってきた

 

先生の研究意欲は 年を経ても留まることを知らず

新しい遺跡が発掘された 新しい論文が発表されたと

そのたびに 目の輝きが増していた

 

元々 服飾の研究をされていたが

ご主人の発掘に同行して 古代の服飾品に出会ってから

それらの衣服の形に 魅了されていった

先生の 立体的な服を二次元の製図に起こす才能は 本当に素晴らしく

そこから 衣服構成の歴史について深い考察を重ねていくことになった

 

私は お手伝いをしながら 次第にその知識は増えていったものの

先生との視点はまるで違っていた

ある時 古代ミニアチュール展に同行した

私は その絵の構成や色彩 描かれている人の表情などに目がいったけれど

先生は 描かれている人の着ている服の形や着装方法など

細かいところに感心していた

それぞれ見る人によって 大いに異なるということを再認識したものだ

 

とにかく 研究することが大好きである先生に 巡り合えて

私の人生も それだけ幅が広がったことに 本当に感謝している

何より 手伝いすることを心底喜んでくださる 先生の笑顔が嬉しかった

 

最後まで研究の続きを気にしていらした先生

突然逝ってしまって 大丈夫かなと そこが少し気になっていた

 

すると友人が教えてくれた

  うーん ちょっと戸惑っているかな…

  あの世に行くつもりは 全然なかったから

  まっすぐに上には行けてないかも

  今ここで 言うことを聞くのは あなただけかもしれない

  先生を後押ししてあげて

 

もちろん 私にできるなら… でも何と言えばいいのでしょう

じっと考えてみた そして空に向かってつぶやいた

 

  最後まで本当に立派に生き切った先生

  春には お宅に行ってお手伝いすることにしていましたね

  それが実現できなかったのは 私も気になりますが

  でも 今は少し お仕事をお休みしてください

  そして 今はまっすぐ上に行ってみて

  そこにはご主人さまも待っていらっしゃいますよね

 

  そしてそこで 一段落されたら 今までと同じように いえもっともっと

  アイデアもたくさん浮かんできて とてもいい研究ができますからね

  ほんの少しの間 お休みして

  今は 上に上に 魂の故郷に 帰って行ってください

 

  私がそちらに行ったら もちろん私も今まで通りお手伝いしますからね

 

空に向かって そう言い終わったあと

なぜか 温かい気持ちになれた

先生の笑顔が 浮かんで来た

 

そうだ 明日も あさっても 呼びかけてみよう

きっと分かってもらえますね

 

97年の生涯を 立派に生き切った先生ですもの

それを悟るのも きっと早いですよね

 

40年以上お手伝いしてきた私の 

最後のご奉公です…