慰安婦問題のスピン
朝日新聞が従軍慰安婦記事のいくつかに対して取り消しをした。
それは吉田清治氏の証言部分と、慰安婦と挺身隊を混同したことである。
この二件に関してはとっくに確定した問題であり、朝日新聞の取り消し報道が遅すぎただけであったが、思わぬバックラッシュがあった。
強制連行が無いことが、あたかも慰安婦が無かった(慰安婦ではなく売春婦という論理)ことのように言われだしたのだ。
インパクトのある出来事でテーマを隠蔽したり、意図的に誤誘導することをスピンという。
駐留米軍密約事件(西山太吉事件)で「情を通じて」(特捜検事佐藤道夫作)がいい例だろう。
河野談話でも強制連行には言及しておらず
「軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して」
としている。
2014年7月の国連自由権委員会の所見は以下であり
「女性たちの募集・移送及び管理は、軍又は軍のために行動した者たちにより、脅迫や強圧によって総じて本人たちの意に反して行われた事例が数多くあった(略)…
「脅迫や強圧」であって強制連行とは言っていない。
いくつかの裁判で「認定されている」事実も朝鮮半島に関しては以下である。
「業者らは甘言を弄し、あるいは詐欺脅迫により」(韓国遺族会裁判東京高裁判決)
「だまされて慰安所に連れてこられ」(関釜裁判山口地裁判決)
「御国のために戦地へ行って働けば金がもうかる」「結婚なんかしなくとも一人で生きていける」(在日韓国人裁判東京地裁判決)
「たばこ会社で働くと聞かされ」(オランダ人裁判東京地裁判決。ただこの場合は強制収容所からの移動なので強制連行性は極めて強い)
強制連行を認定していない。
募集のシステムもかなり共通していて
「日本人と朝鮮人の男性二人に呼び止められ」
「初老の朝鮮人女性」
など朝鮮人が関与しているケースが多い。これは中国における清郷隊員の「協力」と同様であり、日本軍の方針であったと思わせる。
逆に強制連行が事実認定されたものは以下
「日本軍構成員によって、駐屯地(注:太原)近くに住む中国人女性(少女も含む)を強制的に拉致・連行して強姦し、監禁状態にして連日強姦を繰り返す(略))(中国人一次裁判東京高裁判決)
「姉の夫が八路軍協力者と密告され日本兵と清郷隊員によって姉の夫は殺害され、日本軍の拠点に連行され隊長に強姦された」(中国人第二次裁判東京地裁判決)
その他にも山西省裁判東京地裁判決、海南島裁判東京高裁判決で強制連行が事実認定されている。
これら中国での問題は映画『ガイサンシーとその姉妹たち』(班忠義監督)になっている。
中国、特に山西省の深刻さは慰安所ではなくトーチカなどに監禁され集団強かんされたことだ。
これらの裁判所判決に対して慰安婦を否定する人たち、あるいは慰安婦は商行為だと主張する人たちはどう対応するのだろうか?
強制連行を示す文書が無いことと、強制連行が無かったことは全く別の次元である。
敗戦が近づいたとき、戦犯に問われそうな文書はほとんど焼却隠滅されたからだ。横浜事件にいたっては判決文ですら残っていなかった。(そのために再審請求が困難を極めた)
吉田清治氏の証言は斉州島での「慰安婦狩り」だったが、現在声高に言われている「強制連行はなかった」「従軍慰安婦はいなかった」というものは斉州島に限ったことを言っているのだろうか?
また、まだ「従軍」という言葉がなかった頃、つまり慰安婦問題が社会問題化していなかった時の兵士側の証言も多々あるのだ。(「従軍」という言葉は千田夏光が最初に用いた)
私はたまたま映画関係の雑誌でバレリオ・ズルリーニ監督の『国境は燃えている』特集(『映画芸術』1966年4月号)で映画関係者のエッセイを読んだことがある。
伊藤桂一(作家)は体験的エッセイを書いている。
その中でまだ「従軍慰安婦」という単語がなかったので、「戦場慰安婦」という単語を使っていて、揚子江岸の大きな町における朝鮮半島出身の慰安婦との体験を語っている。そして映画のギリシャ女性が敵国であるイタリア兵のための慰安婦になることととてもよく似ていると言う。しかし、「朝鮮女の日本兵に対する態度のほうが、少なくとも根底においてはきびしかったようだ」(原文ママ)と述懐する。
彼のいた駐屯地には兵隊が600人いたが、慰安婦は4人しかいなかった。
「戦場慰安婦は、兵隊の行くところ、いかなる前線にもくっついて行く。戦闘行動が休止または膠着すれば、兵隊は速やかに体力を回復するし、彼女たちの仕事も生まれてくる」
「辛酸をなめたのは、多分ビルマ地区の慰安婦だったろう。インパール作戦失敗後、玉砕の中に名もなき多くの慰安婦のまじっていることを、あまり人はいわない」「慰安婦は、従軍看護婦のように歌にも歌われないし、戦史にも出てこない。せいぜい、何パーセントかの兵隊の胸のなかに、きわめて強烈に印象をとどめさせているのだが、これで以って冥するよりほか、仕方がないことかもしれない」
ゴジラの監督本多猪四郎は「慰安婦係軍曹」をやっていた体験を書いている。
彼は昭和15年から16年に中支で慰安所の管理をしていたと言う。
「日本軍では兵站司令部が後方任務のひとつとして慰安所を開設していたが、強姦事件は絶無ではなかった」「慰安婦は大部分不幸であった。慰安団だということで応募したらこんな所へ連れてこられたという娘が何人かいた」と言い週に一回の健康診断のときにさめざめと泣かれたという。「慰安所の経営者は民間人で軍の飛行機を利用できる特典があった。彼らのひとりは「嘘もつかないとこんなところに来る娘はいない。親に金を渡してある。あの娘の働きだけで親子五人は生きていけない」と言ったという」これは業者に落ちる大きな利益と軍との癒着を想像させるし、「身売り」システムが続いていたことを、その犠牲の上に権力があったことを思わせる。
慰安所の凄まじさも記している。一日に相手をする数として「兵12下士官2将校3」
「前線から後方へ、後方から前線へ、部隊の移動時には慰安所のある通りはお祭りのような騒ぎ。こういう日は一人で30人から40人を相手にする」また「新しい娘が来ると司令部に挨拶に来た。なかなかの美人もいた。それが半年もたたないうちにげっそりと容貌がくずれてしまうのには、ぞっとした」と報告している。
また前線に近いところに軍が許可しない慰安所が潜在していたという。兵隊が外出禁止でも結構商売になったらしい。
彼は慰安婦たちをこう分析する。
「人間として慰安婦たちのただただ精神的に自らの将来をきれいに考え、幸福を観念的に造り上げて生きてゆく姿は痛々しかった。肉体がどんなにけがれようと精神はけがさないと叫び続けていた」(私は肉体がケガレるなどということは有り得ないと考えているが)
兵隊の十倍の報酬の求人広告があったと言う。
兵隊に軍靴や武器の供給もままならなかったのに、そんな約束が実行されたと考えるのはあまりに愚かではないだろうか?それこそ甘言だろう。
お金を貯めて引退した者も、兵士と結婚した者もいると言う。
確かにいただろう。稀有なデータでテーマを隠蔽するのはスピンの常套手段である。
自ら進んで醜業についた、売春婦だった、商行為という言辞がある。
現代にしても本当に自ら望んでセックス業につく女性がいるだろうか?
もっと高次の問題は、女性が搾取階層であるということである。
例え本人の希望だとしても、果たして女性に自己決定権があっただろうか?貧しさのため、家のために搾取の対象になったのではないか?大恐慌のときに東北で女性の身売りが頻発した。そんな想像力が欲しい。
もうひとつのテーマはそれらがことごとく国際条約に違反していたことだ。
ハーグ陸戦条約、ジュネーブ協定、醜業条約などだ。
テーマが異なるが、もうひとつ理解できないことがある。
日本軍構成員のセックスモンスターぶりである。
元々慰安所が設けられたのは、それ以前の戦線で強かんと性病が多発したからである。
強かんによる占領地域の人々の反感を買うことと(抵抗勢力の成長懸念)、性病罹患による戦闘力の低下を防止しようとしたことが目的である。
このセックスモンスター化の原因は研究されたのであろうか?
軍隊という殺人装置だから?選民意識から?女性蔑視?
映画『人間の條件』では日本軍兵士が避難民の日本人少女を強かんするところが会話の中で出てくる。
旧ユーゴで行われたエスニッククレンジングとも違うこのセックスモンスター化の原因を知りたい。
私は、国や民族や組織と言った集団に「尊厳」があるとは思わない。総意が幻想だと思うからである。
だから逆に国家の尊厳などもありえないと思っている。
尊厳があるとするなら個人にあると思う。
特にこの問題の場合、その原因と責任を追究する個人に尊厳があると思う。
備考:法律用語の場合には「強姦」と表記しているが、その他は「強かん」と表記している。