四大学合同新人特別公演『こんばんは、はじめまして。』 | leraのブログ

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四大学合同新人特別公演『こんばんは、はじめまして。』

 四大学とは一橋(コギト)、東工大(娘の予感)、外大(ダダン)、医科歯科(芝居旅行)。
 以前にも記述したが、一橋には「まっちゃん」があるし、東工大には「三鶴」がある。

 四大学合同公演に関しては、どんな人間関係で自分が観に来ているのかすでに分らない。今日驚いたのは知っている人が一人もいない!多分初めての体験。

 「まっちゃん」は午後5時に行くと開いていない。
 午後5時から5時半の間に何回か前を通ると、暖簾も出ていないがトビラが半開きになっていて、客が何人か座っているのが見える。その時にすっと入り込む。

 入るとコの字形のツケ台の左奥から座って行く。
 まだ店の人がいないので客は何か読んでいる人が多い。スマホ等触っている人は皆無で、本を読んでいる人が圧倒的に多い。今日観察したところでは、歴史関係の文庫を読んでいる人が多かった。

 5時40分をすぎるといつもジーンズのシャツを着ているマスターが出てきて、暖簾を出す。
 すると、左奥から飲み物を注文し、焼き物の注文をきいてくれるが、焼き物の本数が一人当たりとしては多い。そして、なんと6時前に会計を済ませて出て行く客がいる。

 芝居にはメタファーとサプライズが欲しい。さもなければ観客をぐいぐい引っ張るようなストーリーの説得力がほしい。
 元々芝居そのものがメタファーなのだからあたり前だが、その中でメタファーは表現力を増殖させるパワーを秘めている。

 芝居は現代を映すものだ。代弁かもしれない。
 目的は二つある。
 ひとつは憧憬の具象化だ。

 もうひとつは抑圧された表現への抵抗だ。
 これは抑圧を認識し、実感していなければできない。
 抑圧に接しなければ、それは平穏な人生だ。
 しかし、表現が自由な国などない。
 少なくとも日本はそうだ。
 よって、日本で芝居を演る意味は大きい。