旅「関屋 千草 千住」その1 2010年12月29日
26日の日曜日に印刷業者の所に行く用事があった。
今まではネットだけでのお付き合いだったのだが、年末で急ぐこともあり訪問することにした。
場所は「関屋」である。
訪問のもうひとつの動機は「関屋」という駅名にあったかもしれない。
百人一首に源兼昌の
淡路島かよふ千鳥の鳴く声に、幾夜寝覚めぬ 須磨の関守
がある。現在でも須磨に関屋跡がある。
また、源氏物語の巻の名(第16帖)でもある。
源氏が関山の関屋で空蝉(この時にはかつての恋人になってしまっている)と会い昔を懐かしむ。
新古今集にも藤原良経の
人住まぬ不破の関屋の板びさし荒れにし後はただ秋の風
なかなか哀愁のある響きがある。
関屋とは関所の番人の住む家のことである。
地下鉄千代田線の町屋で京成線に乗り換え、二つ目の関屋で降りた。
この駅は「牛田」という駅と向かい合っている。なかなか珍しい。
京成線はその名のとおり東京と成田を結んでいる線だと思う。私が子どこの頃は「京成電車」と呼んでいた。私の好きなボーカリスト李政美(い・じょんみ)の歌に「京成線」という歌がある。
関東大震災の時の朝鮮半島出身者たちの虐殺を静かに歌った歌だ。(私にはそう聞こえる)あるきっかけで本人とメール交換する機会があり、その時に「むかし京成電車って言ってましたよね」と言うと彼女も「そうそう」と肯定していた。
東京は広い。
おそらく成田空港がなければ、東京人の半分以上は生涯に一回も京成電車には乗らないだろう。
関屋駅から印刷所へ行き、用件を済まし、もう一度関屋駅に引き返した。
なぜ駅名が「関屋」というのか知りたかったが、それに関する表示を見つけることはできなかった。そして、京成電車に乗らず、迷おうと思って足を進行方向へ、駅の先へと進めた。
散歩のひとつの楽しみは、迷い、彷徨うことだ。
