映画『我が大草原の母』
大躍進政策(1958年から1960年)は毛沢東が数年間で経済的に英米を追い越そうとして実施した農業・工業の大増産政策。しかし2,000万人から5,000万人の餓死者を出す大失敗に終わり、毛沢東は国家主席の座を追われた。(チベットでの被害も大きかった)
原因は市場原理を無視した厳しいノルマを人民に課し、ずさんな管理の元で無理な増産を指示したため却って生産力低下をもたらした。
また生態系の無理解(雀を駆逐することによって害虫の激増など)があったことから。
この時上海にいた孤児3000人が内モンゴル自治区に国家の子どもとして「養子」に行くところからストーリーは始まる。この子どもたちの多くは食糧難で「捨てられた」子どもたちが大半。
その子どもたちは深い愛情と大草原によって大切に育てられる。
失脚した毛沢東が革命内革命、あるいは内部クーデターとして起こす文化大革命は1966年から1977年である。
男の子シリンフ(モンゴル名)は母親の「反革命的行為」で詩人を夢見ていたが、大学進学を拒まれる。母親の「反革命的行為」とは寒い中を警察に歩かされている男に熱い茶を提供しようとしたにすぎない。その男は誤って牛を殺してしまっただけだった。
上海にいる実の両親が孤児たちを探していることが分る。
シリンフの妹として養女になったシリンゴルは上海から来た実母と一緒に上海へ帰るが、それは養母の強い勧めであった。
シリンフの両親も見つかり上海で会うが、彼は草原に帰る。
モンゴル語と中国語の区別がスーパーでされていないことが残念。
原題:額吉(Eji)
英語題:My Mongolian Mother
監督・脚本:ニンツァイ
出演:ナーレンホア トゥメンバヤル イリグイ
2010年中国
この作品は「第12回NHKアジア・フィルム・フェスティバル」による製作作品