イタリア映画祭2005 過去ログ転載 | leraのブログ

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左からニコレッタ・ロマノフ、オルビィア・マニャーニャ、シルヴィオ・ソルディーニ


イタリア映画祭2005

かつてイタリアのネオリアリスモの象徴的なシーンは「戦後の復興住宅の無機的な光景」だと書いた。

 多様な現代のイタリア映画で、よく目にするのは「労働する女性」である。それもけしてイタリアのイメージ、例えばスローフードなどというものとは縁遠い「情況」ばかりの女性達である。

『ママは負けない』
 「ぼくの瞳の光」(ジョゼッペ・ピッチョーニ)の冷凍食品店の女主人、「となりの窓」(フェルザン・オズペテク)の希望しない職業についている主婦、そして今年の「ママは負けない」(フランチェスカ・コメンチーニ。原題は「私は仕事が好き」)の母親。そして冷凍食品店の女主人と「ママは負けない」の母親はシングルマザーであり、仕事と、家庭で、翻弄される。仕事における苦労は、資金繰りであったり労働者同志の人間関係であったり…実に現実的なのだ。さらに家庭の問題は娘、あるいは家族を愛するがゆえの苦労である。

 フランチェスカ・コメンチーニが言うには、リストラの目的で受けるモッビング(いやがらせ)は子持ちの女性に多く見られる」と言う。このことは「ママは負けない」の中の人事を司っている上司が何度か言う台詞「君は(子どもがいるが故に)補助(助成)を受けている」、が物語っている。コメンチーニは「しかし、彼女(子持ちの女性)達は、世界に居場所があるから強い」と指摘する。世界の居場所とは「こどもたちがいる場所」ということだと言う。

 このことは「ママは負けない」で、結局子どもに癒される「働く女性」の描き方で理解される。「ぼくの瞳の光」でもそうではないだろうか?

『家の鍵』
 偶然にも「家の鍵」(ジャンニ・アメリオ)で、障がいを持つ女の子の母親(シャーロット・ランプリング)の台詞ひとつひとつにも現れている。彼女の強さと、迷いの歴史は主人公の父親の「癒し」となっていく。

 ピエル・パオロ・パゾリーニは60年代以降のイタリアの状況についてこう言ったと言う。
「画一化され、テレビと消費社会がすっかり変えてしまい、もはや庶民は存在しない」

 その中での分断された階層としての「子持ちの女性」があるのかもしれないが、「庶民層」としての「異人」が登場する。「ぼくの瞳の光」では外国人労働者であり、「ママは負けない」ではアフリカ系の人々である。おりしも「私をここから連れ出して」(トニーノ・ザンガルディ)でもロマの人々が登場するが、その「異人」との接点を持つ柔軟さを示すのは、「強い」「子持ちの労働する女性」であるのだ。

『私をここから連れ出して』

 しかし、昨年の映画祭の時に感じた違和感-アメリカのイラク戦争に荷担したイタリアへのイタリアからの(開会式などでの)発言がなかったこと-はさらに増したと言えよう。今年は昨年よりさらに社会問題化していたからだ。イタリアの女性ジャーナリストがイラクで拉致され、解放後護送途中でその女性を護送していた政府のスタッフがアメリカ軍に射殺されたからだ。(この件に関しては現在の時点でアメリカ・イタリア双方から報告書が出されているが、その報告書は一致を見ていない)

 昨年は「夜よ、こんにちは」(マルコ・ベロッキオ)、「子どもたち」(マルコ・ベキス)など政治的な作品があった。今年はなかった。イタリアで作られなかったのか、あるいは作られたが無視されたのか、それが分からない。

イタリア映画祭2005
上映作品
愛はふたたび
(2004年、カルロ・マッツァクラーティ監督、108分
L'amore ritrovato
アガタと嵐
(2004年、シルヴィオ・ソルディー二監督、118分
Agata e la tempesta
家の鍵
2004年、ジャンニ・アメリオ監督、105分
Le chiavi di casa
真夜中を過ぎて
2004年、ダヴィデ・フェラーリオ監督、93分
Dopo mezzanotte
ママは負けない(私は働くのが好き)
2004年、フランチェスカ・コメンチーニ監督、89分
Mi piace lavorate
愛の果てへの旅(愛のなりゆき)
2004年、パオロ・ソレニティーノ監督、100分
Le conseguenze dell' amore
私をここから連れ出して(捕らえる)
2004年、トニーノ・ザンガルディ監督、95分
Prendimi(e portami via)
スリー・ステップ・ダンス
2003年、サルヴァトーレ・メレウ監督、107分
Ballo a tre passi
ローマの人々
2003年、エットレ・スコラ監督、93分
Gente di Roma
私のことを覚えていて
2003年、ガブリエーレ・ムッチーノ監督、120分
Ricordati di me
いつか来た道(かつてぼくたちはこんな風に笑った)
1998年、ジャンニ・アメリオ、124分
Cosi ridevano
ペッピーノの百歩
2000年、マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督、110分
I cento passi