検察の犯罪、証拠をめぐって
冤罪事件の多くが自白によるものだが、証拠によるものも少なくない。
証拠による「冤罪の作り方」には三つのケースがある。
ひとつは証拠の「捏造」
狭山事件や野田事件を代表として多々ある。
二つ目は証拠の不検討
これは無罪証拠を検討しないことで、例えば氷見事件の場合は犯行現場に足跡が残されていたが、冤罪被害者とサイズが全く違っていた。また犯行時間に冤罪被害者が電話をしていたが、それも検討されなかった。
国賠審で捜査担当警察官は「(電話の件は)知っていたが、検討しなかった」と証言した。
三つ目は証拠の「隠蔽」
松川事件の「諏訪メモ」があまりに有名であるが、時として無罪証拠を隠してしまう場合がある。
小松川事件で、真犯人の血液型はB型と分かっているのに犯人とされた青年の血液型は「不明」のままである。血液型を調べないはずはなく、おそらく隠蔽されたものと思われる。両親の血液型から青年の血液型がB型ではないことが分かっている。本人は死刑執行されてしまったので完全に隠蔽されたと言えるだろう。
目撃証言も時として隠蔽される。
布川事件の男性目撃や、足利事件の自転車の男や、恵庭OL事件の車輌目撃などだ。
そして今回の袴田事件のネガフィルムだ。
再審弁護団が、味噌漬け衣類のカラー写真の色調が不自然なため開示を求めていたネガフィルムだ。それは弁護団の実証実験のものと比べると、1年2ヶ月も味噌に漬かっていたとは思えない色調だったからだ。弁護団としては「捏造」の可能性を感じたのだ。
そのネガフィルムを検察は不存在と言っていた。
今回の抗告審で、検察は味噌漬け衣類の色調の不自然さをクリアするために検察に有利な証拠として出してきたのだ。46年隠していたことになる。
その「弁解」が噴飯ものだ。
「再審開始決定後、警察が倉庫を整理していて偶然ネガを見つけた。故意に隠したのではない」
責任転嫁された警察も哀れだが、これは重大な問題である。
被告は死刑が確定しているからだ。
死刑確定囚はいつ執行されるか分からないからだ。
証拠は誰のもの?
証拠は国民のものであって、検察・弁護両者が対等にアクセスできなければならない。旧刑事訴訟法は裁判所管理になっていて、検察・弁護両者が対等にアクセスできる余地があったが、新刑事訴訟法から検察の占有物になった。
証拠開示の難しさは、検察がどんな証拠を持っているか弁護側が分からないからだ。
本来なら収集した証拠を全て開示し、その中から検察・弁護双方が採用か不採用かを吟味し、真実に接近すべきなのだ。
検察は勝ち負けが大事?
日本の有罪率は99.99%と異常に高い。起訴されたらほとんどの場合有罪なのである。
検察はそれを勝ち負けで判断する。有罪だったら勝ち。
つまり勝つためには手段を選ばない「場合」があるということだ。
これは冤罪や犯罪ばかりではない。
国の不作為による被害の場合も証拠が開示されない場合が多い。
ネガフィルムに関しては、該当画像の前後も重要である。
つまりどんな状況で、どんな日時に撮られたか分かるからである。
今回検察が開示するネガフィルムが該当部分だけ切り取って出されるか、フィルムロールで出されるか注目される。
ただ過去にはネガフィルムが捏造されたケースもあるが、そんな子供だましは現在では通用しないだろう。
刑事裁判の最も大きな目的は、真実に迫ることである。
真摯な態度で臨んでもらいたいと思う。