ボクシングへの思い
私がボクシングが好きなのは、酔うとすぐに「海ゆかば」を歌い出す自衛隊体育学校出身の会長が好きなわけでも、走らせるだけしか知らずボクサーの膝を壊してばかりいる先輩が好きなわけでもない。
ボクシングを始めたきっかけは、本当の偶然だった。
まず、学校を卒業してスポーツから遠ざかってしまった事。あれだけ練習が嫌いだったのに遠ざかってしまうと、なんとなく寂しくなってしまい、テニスなど始めてみたもののどうも煮え切らなかったからだ。
次の受験まで、年上の従兄弟の所でアルバイトをしていた時に、従兄弟があるボクシングジムの「相談役」(後に相談役なる役目は余っているチケットを買わされる役割だという事を知ったが…)をやっている事を知った。
アルバイトを終え、そのジムに見物に行ったのが「運命的な出会い」であった。
まず、あの雰囲気であり、匂いであり、眼差しであった。それはあまりに強烈な印象であり、その場ですぐに始めてしまった。
中学、高校と陸上競技をやっていたし、大学ではボディコンタクトのあるチームスポーツをやっていたので、全く違和感なく入れた。しかし、それは基礎練習だけの話しである事が後に分かる。
それから毎晩通った。そしてジムの色々な練習生と出会ったし、プロボクサーとも出会った。そして当然のごとく後楽園ホールに通う日々になった。
受験生であるはずなのに、朝はランニングをし、夕方アルバイトが終ると知り合いの試合がある時は後楽園ホールへ行き、無い時はジムで汗を流した。ジムが終ると近くのジムと懇意の喫茶店で勉強していた。
なんだか今でも夢のような生活だと思えるほど、すばらしい生活だった。
減量をするために自分で調理するのも楽しかったし、生理学や食物に対する知識が少しあったので、他のボクサーの「生活指導」を会長から頼まれたりした。もちろん、それは私がほとんどの練習生より年上だったからだ。逆に彼らは私を「お客さん」と思っていた。
ジムの収入にはふたつの柱があり、ひとつは練習生からの月謝(古いいい方だが、未だに月謝と言っている)、もうひとつは興業収入である。当然ある程度経験をつむとプロテストを受けプロボクサーとなるが、彼らから月謝はとれない。(あるいは特待生という言い方をする)プロボクサーの意思がない練習生が「お客さん」となるわけで、会長からもジムからも大事にされる。
興業収入はボクシングの試合で発生する入場料収入とマネージメント収入であるが、タイトルマッチではない試合は中々お客が入らない。そこで後援している人々(その中に「相談役」がいる)にチケットを買ってもらう訳である。
現在は禁止されているが、その当時はファイトマネーを何割か増したチケットでボクサーに支払うという事が行われていて、そのチケットは「お客さん」が買う場合が少なくなかった。当然大幅に値引きされる。 しかしボクサーの全てがチケットを売れる訳ではない。ジムの「相談役」や後援者などには会長の方から割り当てチケットが行くので、友人を頼るかジム仲間の「お客さん」に買ってもらうのである。
突然失踪したボクサーのロッカーを開けたら、売れなかったチケットが山のように出てきたという笑えない話しもよく聞く。今は表向きは禁止されていて、ファイトマネーは現金で払わなければならないが、ジムとてひとつの事業体である。金が無い時は無い。
また、ボクサーにも費用はかかる。マネージメント料30%、健康保険料、トランクス、シューズ、あるいは交通費ゆ宿泊費がかかるばあいすらある。そんな場合マイナスになりかねない。支払いで安心なのはマネージメント料である。これだけは天引きだから支払いの心配がない。
問題はジムのオーナーとマネージャーが同一人物だということである。総ての権限を持っているため全く逆らえない。ジムを換わる事ですら困難である。何も知らない「子供」がボクシングを続ける限り最初に入ったジムに永遠に縛られるのである。このシステムで多くの才能が開花しなかったと言える。
私はボクシングに関われば関わるほどマイナスの面だけが見えるようになってしまった。救いはスポーツとしてのボクシングであり、ボクサー達との交流であった。
日本で学歴を必要としないプロスポーツはボクシングと相撲であるが、相撲には体が必要である。学歴もなく、体も小さい子ができるプロスポーツは日本ではボクシングだけと言っても過言ではないだろう。
また、ボクシングは危険も多いためあまり裕福な者はしようとしない。裕福な者は大学でボクシングをやり、ほとんどプロにはならない。従ってボクシングジムにやってくる子供は裕福ではなく、学校となじめず、人ともうまくやっていけないタイプがほとんどである。
地域や学校で「狂犬」といわれる子が教師や親戚に連れられてやってくる場合が多い。教師や親戚はボクシングをやらせると暴力が減ると思うのだろうが、必ずしもそうはならない。学校で粗暴な子供はけんかが好きなのだ。けんかとボクシングの大きな違いはスタートが公平であるということである。けんかの強い子供は先に暴力を振るえる「向こう見ずさ」を持っているにすぎない。
ゴングと共に同時にスタートすると、けんか好きな子はディフェンスという概念がないから見事なぐらい打ち込まれる。けんか好きな子は殴られる事が嫌いなので止めて行ってしまう。
ところが中に残る子が居る。最初は目つきが鋭かったのに、だんだん柔らかくなっていくので、そんな子は目でもわかる。ボクシングはとても科学的なあるいは物理学的なスポーツで、上手な人に教えられるとどんどん上達する。その楽しさに気付いた子なのだ。だから吸収も早いし、応用もうまくなる。
すると「うまさ」が理解できてくるので、自分より上手な人を尊敬したり、その人に教えを乞うたりする。
そこで思うのは彼がそこで「表現」を獲得したということである。今まで対等に話せる相手もいなければ、話しかけてくれる相手もいなかった。大人や教師は規制するだけで「彼の」言葉を聞いてくれない。ボクシングをすることによって初めて自分を表現する事を知るのであった。そんな子は幸せである。少なくともボクシングジムの中にいる間だけは…
そんな「変身」を遂げ、プロになり、幾ばくかのファイトマネーが入るようになった時の嬉しそうな顔は素晴らしい。しかし怪我はつきものである。特に眼疾の場合は実に痛ましい。
プロ、アマ問わず網膜剥離が珍しくない。視力を失う場合も少なくない。手術の前にかける言葉は全く無い。さらに家族の突き刺さるような視線に耐えなければならない。そして自問する、「この子は自分が語れたのだろうか?」と…
私はボクシングをスポーツだとは思っていない。
アメリカンフットボールにしろ、ラグビーフットボールにしろ、相撲にしろ、相手のダメージは突発的な負の副産物であるが、ボクシングだけが相手へのダメージを目的としている。
どこを打ったら効果があるか、どう打ったら効果があるか…これはスポーツではないだろう。
ただ表現できる場所がある。人生において非常にシンプルな表現形態がここにはある。ボクサーにとってリングは、たとえそれが3ラウンドであろうと、4ラウンドであろうと、12ラウンドであろうと、表現する場所なのだ。だから客なんていらない。なにかできる場所がそこにあるのだ。
私がボクシングから遠ざかった理由は、他者の哀しみに触れるには歳をとりすぎたと実感したからである。
