創世記第9章27節
映画『ミシシッピバーニング』のノーカット版を初めて観た。
かなり印象が異なった。
映画はジーン・ハックマンのなぞかけから始まる。
「アイがよっつあっても盲目なモノは?」
こたえは
Mississippi である。そしてハックマンが同州出身なのも分かる。
南部人(サザナー)の北部人(ヤンキー)に対する劣等感、大学出身者(カレッジボーイ)に対する劣等感、公民権運動により自分たちより下位にいる人々が権利を持つことの恐怖、共産主義に対する嫌悪(これはマッカーシズムを見れば南部特有ではないが)…などが鮮明になった。
またFBI職員を「フーバーボーイ」と揶揄していた。
中でも女性への抑圧が事件解決の糸口になることを感じた。
南部を知っているジーン・ハックマンがこう言う。
「ハイスクールで結婚相手を探し、卒業と同時に結婚し、一生後悔する」
男性の大半が結婚できる社会にするには、女性に安定した職業を与えない、権利を与えない、地位をあたえない、である。女性が、生活のために、喰うために結婚したのは日本においてもそんな昔の話しではないし、現在でも完全に否定しきれないであろう。
その女性がネグロイドを差別することが正当だと聖書で習ったと言うのだ。
創世記第9章27節のカナンの説話である。
そう言えばKKKも(おそらく熱心な)プロテスタント信者であるはずだ。
儒教もイスラム教も女性蔑視は皆無だ。
それら宗教を「扱う」者に問題があるのだ。
そして、宗教は常に力ある者に利用される。
マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの公民権運動は途中から女性もその対象にし、それが後のウーマンリヴ運動に繋がって行ったと思う。