映画『恋化粧』 大川を巡る物語
ゴジラの本多猪四郎は市井の人々を哀歓豊かに表現した作品も多く作っている。
この作品は大川(隅田川のことでプロローグのタイトルバック)から大川(エピローグ)の作品。
園子(岡田茉莉子)は橋場小町と言われ、近所の生薬屋の息子リキヤ(池部良)と恋仲だったが、リキヤの出征で引き裂かれてしまう。最後のデートは大川端東岸の散歩。対岸に松屋が見える。ここで園子は御徒町でやってもらった先人針をリキヤに渡す。
戦後リキヤは大川を行き来する曳舟船の船長になり消息不明の園子を探している。
二人の幼なじみ初子(越路吹雪)は自前で柳橋に出て売れっ子になっている。住居は東岸側で、弟とリキヤと一緒に住んでいる。
同棲といったものではなく、敗戦直後の住宅事情からの同居。
自動車窃盗グループが波紋を起こす。
なんと小泉博が珍しくスカーフェイスの悪役(最後に改心するが)。そのグループを警察に協力し追跡する中でバー「まどんな」に居る園子と再会する。バーは浅草側か向島側か、あるいは下って深川、洲崎辺りか。
小泉博はゴジラにも多数出演しているが、本多猪四郎のこのテの作品にも多数出ている。他の監督作品でも「悪役」「汚れ役」の極めて少ない映画俳優である。
戦争に翻弄された青春を切々と描く。(池部良本人が兵隊から帰ってきた人だ)
彼女は家は焼け、両親は死んで「色々あった」と言う。さらに自分は「(リキヤを)待つべきだった」と述懐する。しかし翌日、約束したにも関わらず園子はそのバーからいなくなってしまう。(バーのマダムは中北千枝子)
そして、不幸な再会をし、あの人がいなかったら生きてゆかれなかったと言う。あの人とは小泉博のことで、彼と「千住のアパート」で同棲している。
大円団があり、小泉は自首を決め、園子は小泉の実家に身を寄せる。そしてリキヤは彼を慕っている初菊である初子と結婚を決める。
こういった義を感じたり、同情したりして結婚するケースは多々あったと思う。
それを違和感なく描いた佳作である。
1955年の作品であり、十万人が一夜で死んだ東京大空襲からわずか十年しか経っていない。「色々あった」という言葉が人々にすんなりと受け入れられた時代だったと思う。
半玉の青山京子が意外とキュート。
備考
映画の中で普通に隅田川を「大川」と言っている。大川という言い方は江戸時代のように思っていたが、昭和20年代でも言われていたのだろうか?墨田区は「隅」の字が使えなかったため「墨」になったと聞いている。
東宝作品
監督:本多猪四郎、脚本:西島大、原作:今日出海