「恋の罪」「恋文」と渋谷の悲しさ | leraのブログ

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「恋の罪」「恋文」と渋谷の悲しさ












 渋谷にはふたつの顔がある。


 ひとつはかつてパチンコ屋だった109を中心としたファッションの街だ。


 もうひとつは円山町を中心とした欲望の街だ。


 しかしこのふたつは容易に行き来する。


 物質欲と性欲は交換可能だからだ。












 満たされない心の虚を埋めるためにブランド品があり


 そのブランド品を得る手段として風俗がある


 この世は、

 金を遣わせる側と、遣う側に分れている。

 この分離は行き来できないほど隔絶している。







容易に行き来できる空間と


隔絶している空間が同居する


だから渋谷は悲しいのだ












星野文昭も、渋谷だ


ゴビンダ事件の現場はすぐ近くだ、何度も行った。


あの不自然に大きな地蔵の前は何度も通った


ゴビンダ事件は殺された人と、殺した人と


犯人として捕まった人と、


みんなが悲しみを抱えている


渋谷じゃなければ状況は変わったのではないか

 渋谷だからこそ起きたことではないのか


道玄坂からの風景


百軒店からの風景


神泉からの風景


すべて悲しい


こんな悲しい街があるだろうか












リキパレスがあり、安藤組の花形敬が闊歩していた街


ありんことデュエットと音楽館のあった街


永山則夫が働いた街


恋文横丁のあった街、久我美子と森雅之が再会した街












高校の頃、織田フィールドで陸上の練習をやり


コロンバン、渋谷公会堂、時間割(喫茶店)を経て渋谷に至る


三千里薬局とパチンコ屋しかなかった。












村上せつ子に109はトーキューだと聞いた


私はパチンコ屋だと思っていた