抱き合えよ、男女
2014年1月4日の朝日新聞のオピニオン欄でフランス文学者の鹿島茂氏が、男女の結婚・少子化について意見を述べている。
私は少子化の原因のひとつは教育の資本主義化だと思っている。また、金融資本主義の嵐の下では、妊娠出産子育てはステイタスになってしまう。それはあまりに多い若年層の中絶が物語っている。
ステイタスは少数者に独占されるからステイタスなのである。
子に対する親の心情を利用しようとした資本主義の末路と思っている。
氏の意見を要約するとこうなる。
・かつては会社が結婚を奨励する機能を果たしていた。
・フランスの家族人類学者トッドが世界の家族を分析し「直系家族」(日本、韓国、ドイツ)と「核家族」(イングランド、仏北部)に分類し、直系は親が子に権威的で子1人と同居し、核は成人した子は独立する。
・直系は親に任せておけば結婚相手を決めてくれた。核は自助努力で見つける仕組みや文化が生まれた恋愛に向けた社会になった。
・核の結婚観はハリウッド映画で隆盛期を迎え恋愛結婚イデオロギーが世界中に拡散した。
・日本は「直系家族」なのに形だけ「核家族」を導入したので恋愛自由競争社会に突入した。相手が見つからない人が増えたのは当然。それで少子化。
・核では男女が触れ合ったりハグしたりは普通。舞踏会(サルサ、盆踊り)などの出会いの場が必要。出会った男女が抱き合って楽しむ場を制度化する。かつて会社が結婚を奨励する機能を果たしていた時の社内運動会で男女社員が抱き合ってゴールインがその例。
・男女共学義務化
・婚活には目的が露骨な致命的な欠陥がある。心理的ハードルが高い。
・舞踏会だったら「踊るのが好き」という理由で参加できる。人間には口実が必要。
・最小努力で最大利益を得ようとするのが人間。恋愛なんて面倒臭いことはやめて漫画やゲームに没頭するオタクが増えるのは必然。
氏の論理の前程には望まぬ結婚を強いられた女性たちがいる。
これは女性に対し「妻の無能力(旧民法)」「賃金差別」「労働差別」によって婚姻により家庭労働を強いる社会があった。
男女均等雇用がその社会に影響を与えたが、女性の待遇が必ずしも伴っているとは限らない。なぜなら家庭に入る男性が激増していないことで分る。
人生は退屈である。
退屈な人生で唯一花があるのは、人好きになる事だ。
人を好きになるのは錯覚で始まる場合も多い。
現代は錯覚も許さない時代なのかもしれない。