ケーテ・コルヴィッツ展とリープクネヒト 2006年05月02日 過去ログ転載
4月15日から町田市立国際版画美術館でケーテ・コルヴィッツ展が始まった。「日本におけるドイツ年」の一環である。
ケーテ・コルヴィッツといえば私にとっては「カール・リープクネヒト追悼」に象徴される(右の画像)。今でもこの作品を目にすると胸騒ぎをおぼえる。コルヴィッツの木版画の説得力か、リープクネヒトの生き方か、両方かもしれない。
リープクネヒトはローザ・ルクセンブルクやフランツ・メーリング、クララ・ツェトキンらと1910年代のドイツにおいて、軍国主義、帝国主義、戦争準備に反対しドイツ共産党の結成に貢献した人である。
第一次大戦に対しドイツ帝国主義の戦争責任を指摘し、戦時公債の発行に帝国議会の代議士としてただひとり反対した。
1918年1月から軍需工場労働者のストライキを皮切りに、ベルリンでは40万人以上の労働者が参加し、ドイツ全域では参加者は100万人と言われている。
ストライキが弾圧され、5万人のストライキ参加者が徴兵され、数千の人々が逮捕されたが、その中にリープクネヒトとローザ・ルクセンブルクもいた。
そして11月革命が起こる。バイエルン王権は崩壊し、保釈されていたリープクネヒトは示威行進の先頭に立ち宮殿の前で「ドイツ自由社会主義共和国」を宣言した。
しかし政府軍の攻撃が始まる。労働者によって占拠されていた建物が次々に政府軍の手中に落ちた。
1919年1月15日、リープクネヒトとローザ・ルクセンブルクは虐殺される。
1919年1月19日に反革命の恐怖政治の中で国民議会選挙が開かれる。
そして、民族社会主義ドイツ労働者党が総選挙で600万票獲得するのは1930年9月である。