映画『かしこい狗は吠えずに笑う』 | leraのブログ

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映画『かしこい狗は吠えずに笑う』



 難しい作品、困るぐらい難しい。



 高校二年の女の子が殺人を犯し自首する。裁判員裁判で正当防衛が認められ無罪となる?少年審判ではないのである。思いつくのは、すべて妄想だったか、彼女が少年ではなかったか、である。


 殺人で起訴され判決が確定し(彼女はラストで高校に復帰している)するのに何年かかるか…検察が控訴しなかったという奇跡を考えても三年はかかるだろう。すると高校に復帰した彼女は23歳ぐらいになる。



 やはり妄想と考えた方がいいようだ。

 ならば妄想の始期はどこだろう?イズミが登場するところからだろうか…妄想の終期はクレジットロールまである。その後に高校に居る(イズミの座っていた席)からである。



 学友の失踪は事実で、それが契機となった妄想ととらえたい。但し、復帰後の教室に空席はないため失踪も妄想かもしれないが、そうすると妄想の契機がつかめない。


 そこで、私はこれを「処女映画」に位置づけ、解決を「謀ろう」と思った。



 性へのあこがれ、化粧への好奇心(変身願望のひとつであり、自己愛着と自己否定のスパイラルな連続)、教師をモンスター化する妄想、理想の友人を妄想するもののその架空の友人に翻弄される悲劇性、苛めている対象に「反逆」する快感、盗み万引きというエピソードの挿入、メンストレーションと殺人の血のイメージ、それらから考えると「処女映画」に位置づけられるかもしれない。



 私の理解力、想像力に問題があるのだと思うが、この困惑を解消したい欲望は大きい。


監督・脚本:渡部亮平

2012年