映画『セデック・バレ』
霧社事件を扱った映画である。日本で当事件を扱った映画が上映されるのは極めて珍しいと思う。
国家間事情(この場合は下関条約)で軍国国家から支配を受け、植民政策がとられ被支配民の植民者への暴力を理由に暴力的弾圧をしさらに支配を強める、というのは歴史上普遍的に見られる。
アイヌ民族、朝鮮半島、アメリカ先住民族、満州…どこまで遡れるかと思ってもそんなに古くにまで遡れない。つまり国家が成立し、膨張主義が実行されてからの話しだろう。
私はアイヌ民族との関わりの中でこの作品に興味を感じたのだが、明治学院大学の武者小路公秀先生のところで霧社事件の記念日に台湾から原住民族を招待し学習会を開いたことがあり、それにも参加していた関係もある。
セデック民族で日本の師範学校を出て(当時では高学歴)日本の警察官になって同化政策の「模範」とされている青年が、蜂起を眼前にしてこういう。
「私は、天皇の赤子か…それともセデックの子か…」
同じ境遇で警察官をしているもう一人がこういう。
「どちらでもない、魂を解放しろ」
この作品では多くの死が描かれる。
その死ひとつひとつに哀しみがある。
セデック・バレとは「真の人」という意味。
また、歌や剣の踊りはアイヌ民族のそれに大変近かったし、ムックリもほぼ同じものだった。
Seediq Bale
監督・脚本・編集:ウェイ・ダーション(馬志翔)
2011年台湾