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『長い墓標の列』(新国立劇場主催)を観て思いつく事

 谷川雁は「連帯を求めて孤立を恐れず、力尽くさずして倒れることを拒否する」と言った。

 蝦名賢三の著書『海軍予備学生』の巻末には戦死した予備学生の一覧が載っている。

 私は横浜事件に関わる中で、大逆事件から続く思想弾圧に触れてきたし、治安維持法や思想検事や特高警察にも関心を持ってきた。さらに荻野富士夫教授の講演から学校で行われた、「皇国民錬成」「国体明徴」「国体の本義」等、思想統制の知見もわずかではあるが得た。そして学校という機関がいかに戦争協力のエンジンとなったかを悟った。

 その中で感じたことは、思想を形成しそれを守ることがいかに大変であるか、である。だから大逆事件で死刑になった者たちを知りたかったし、治安維持法で逮捕され拷問され、そして獄死していった者たちを知りたかった。

 私は書評『治安維持法 なぜ政党政治は「悪法」を生んだか』(中澤俊輔著)の中で同法成立過程に関し男子普通選挙法(25)とセットの「アメとムチ説」について書いたが、それはすでに当劇中の台詞にあった。

 逆に国や軍部に迎合し保身を図った者たち(官僚、政治家、学者、教育者、芸術家)がどれだけ多数いたことも知った。その迎合者が戦後「ザンゲ」と言ってころっと「転向」したことも…

 思想検事、裁判官のほとんどは戦争協力を問われず、責任も問われず、追放後もすぐに復帰した。そして破防法の施行と公安調査庁の設置となる。

 この劇は東京大学経済学部教授河合栄治郎(ここでは山名)がモデルになっている。彼が自らの理想主義的自由主義的社会主義を守るためにどれだけの犠牲が必要だったか、を表現している。しかしそれは彼だけの犠牲ではすまなかったことも分かる。

 大学の革新派が「反動」だったとき、彼は国の戦争政策に迎合せずに大学の自治、学問の自由を唱えたため休職させられ、出版物は教科書も含め発禁処分となり、出版法違反で起訴され有罪となる。

 一番弟子の城崎が雑誌改造に『統制経済と戦争経済』という論文を発表するが、それは細川嘉六が改造に発表した『世界史の動向と日本』を連想させる。弟子や学生たちは高潔な山名教授を尊敬し、慕っている。

 その学生たちとの討論の中で天皇制批判をし、迎合教授を批判する。そして軍部と結託した大資本をも批判していく。

 城崎は、戦争経済により多くの企業が大資本に吸収されていくことを調査データによって示す。人は思想で戦争するのではない、人は宗教や信念で戦争するのではない、人は金銭的利益のために戦争をするのである。その利益が分配されない市民に聖戦感を持たせ忠誠を誓わせ、そして命を投げ出させるのだ。それには学校教育が大きな推進力となった。(坂本雅子著『財閥と帝国主義』参照)

 しかし国家権力にとって思想転向させることは容易い。

 名誉、地位、経済、待遇を奪っていけば人は思想や信念を簡単に捨てていく。なんと言っても暴力が効果的である。

それは歴史が証明している。

 横浜事件の弾圧は左翼や自由主義者ばかりではなく、右翼も弾圧している。思想弾圧の凄まじいところは、主義主張そのものを封殺していくことだ。考えない人間をつくること、自分の不遇を自己内受容してしまう人間をつくることだ。

 教授会で反国家教授が批判されたとき、日本共産党系の学生たちも山名批判に回る。(組織論からだろう)これは本当の思想を持ちえない組織の弱さであり、哀しさであり、ばかばかしさだ。

 この戯曲は1957年に「新日本文学」に2月にわたって掲載される。新日本文学の編集長だった花田清輝が宮本顕治の策動でその職を解かれ、日本共産党を除名されたのは61年である。

 思想統制、言論統制のターゲットはインテリ層から始まる。満鉄調査部もそのターゲットになったし、横浜事件の人々もそうだった。横浜事件で獄死した浅石晴世と蝦名賢三は昭和塾で一緒だった。昭和塾は日本の転換期について考えようとした青年たちの集まりである。

 そして城崎もインテリ層に違いが無い。つまりインテリ層を利用できるかできないか踏絵を踏ませたのだ。

 結局城崎は山名が去った後の大学に残り助教授のイスを与えられる。そして信念が重いと言う。それは弱さを合理化していると批判される。

 暗転し、「日本ニュース」の音が流れ、天皇が巡幸したニュースや三国同盟が結ばれたニュースが流れる。

 そして多くの学徒が戦死していく。

 山名の娘に恋をし、しかし山名を裏切り大学に残り助手になった花里も死ぬ。

 灯火管制の中、山名が狂ったように勉強する。それは基礎をちゃんと勉強しないと学問が砂上の楼閣になってしまうと言い、カント、ヘーゲル、フィヒテを読み直す。そして批判的だったマルクスを評価する。それは学問が無力ではないことを証明するかのようだった。

山名の背後に多くの死者たちが列をつくり行進する。それは蝦名賢三の著書の巻末の戦死者一覧を見るようだった。

多くの青春が、多くの夢が潰えたことに納得ができないのだ。

 そして、山名は言う。

 人間がやったことだ、だから原因があり、責任があるはずだ、と。そして「こうなった」 責任は自分にもあるはずだ、と。

 若き理想を奪い、思想の自由を奪い、命を提供することを強いたあの戦争の責任を問う ている。それが問われなかったからにすぎない。

 河合栄治郎は大日本帝国の敗戦を知る前に病死する。

 与えられたテーマは小さくない。

 思想を形成し、それを守ること。

 15分の休憩を入れて3時間の長帳場。しかし57年の早大劇研の大隈講堂初演は5時間半かかり、さらにマチネとソワレをやったと言う。スタッフと役者と観客の共同作業であったであろう。

 舞台装置は巨大な本の中にステージがあり、タッパ一杯の本棚が3本あり(空襲のところから2本に減る)その中の本は全部灰色をしていて、あたかも書物の無力さ、あるいは書物を「利用」できない人間の無力さを表現しているように思えた。

 その背景に山名の家に来ようとしている人、去っていく人たちが見えるようになっていて、たいへん巧み。最後はそこを死者が列をなす。

 脚本の圧倒的な存在感。台詞のすべてが無駄なく迫ってくる。役者の熱演というより、あの戦争で死んだ多くの魂が支えているような気がした。

 城崎を演じた古河耕史が好演。戦時体制に迎合し総動員体制を補綴するかのような労働者論文を書くインテリとして難しい役どころを悪役として演じずに巧みだった。

2013.3.7-3.24

新国立劇場小劇場

作 福田善之

演出 宮田慶子

美術 伊藤雅子

照明 鈴木武人

音響 上田好生