第二幕に入り、ニーナはコンスタンチンとの訣別を確定させる。マーシャに「コンスタンチンの戯曲を何か朗読してほしい」と言われ「あんなつまんないものを!」と吐き捨てる。ニーナは当初コンスタンチンに思慕の念があったのは、彼が表現する芸術家に見えたからなのだろう。それは本物の作家の前では実に軽薄な存在でしかない。
ドルンとポリーナがへんな会話をする。
「わたしを奥さんにして」「嫉妬で苦しいの」前幕でポリーナの娘ミーシャがドルンに自分がコンスタンチンを好きなことを告白したのは、ドルンが父親だったのでは、と思わせるシーンである。
コンスタンチンが前幕でニーナがトリゴーリンに渡した手紙を持って、放心した表情で出てくる。彼は、トリゴーリンが使っているだろう部屋に入り盗み見たに違いない。内容はラブレターとまではいかないとしても、かなりそれに近いもののはずである。ところがその手紙を撃ち落とし死んだカモメだと言う。ここでのシンボライズは、ニーナの手紙と死んだカモメに集約される。ニーナの手紙はニーナの心を表し、飛んでトリゴーリンの所に行き、コンスタンチンに盗み見られて(撃たれて)死んだのだ。
コンスタンチンはニーナの変心も衝撃だろうが、嫉妬のあまり手紙を盗み見るという卑劣な行為をしてしまった自分に対しても衝撃だったはずだ。自分が信じられないのが恋なのだ。だから恋が邪魔だとマーシャが言っていたのだ…
ここのシーンが巧みなのは、ニーナがトリゴーリンに結果として心情を吐露したことと、その手紙をコンスタンチンが盗み見てニーナの変心を知る事と、実際に撃ち殺したカモメがコンスタンチンにとってはニーナの手紙だ、ということである。
コンスタンチンは「ぼくもこんな風に自分を殺す」と予言し、ニーナは「人が変わったみたいね」と冷たく言う。変わったのはニーナであり、ニーナの変心によって落胆したコンスタンチンは変わらざるをえなかったのだ。
トリゴーリンの登場でコンスタンチンは退場する。コンスタンチンは「本物の才能のおでましだ」とか「お邪魔はしませんよ」というもう誰にも同情されないほどの嫌味を言う。敗者が確定したコンスタンチンは、今度は孤独も加わる。
ニーナはトリゴーリンに新聞記事について尋ねる。トリゴーリンは「けなされたらその後二日間は気分が悪い」と言うのにニーナは「すばらしい世界ね!」と言う。すでにニーナはトリゴーリンの心情にすら心を寄せようとしない。ニーナが関心があるのは、トリゴーリンが作家であることだけであって、小説を書いているトリゴーリンではないのだ。
しかしトリゴーリンもそれを知っていてそれを原資に誘惑する。それに続くトリゴーリンの長セリフは、作家としての自分をアピールしているだけである。しかもいかにもニーナが食付きそうなことを話す。ニーナはとうとう作家か女優になる幸せのためだったら自分はどうなってもいいと断言する。ここにはふたつの意味がある。ニーナの欲求はもう暴走しているということと、現役の作家であるトリゴーリンに付け入る隙を自ら与えたということである。
それにしても「作家か女優」という言い方はあまりに乱暴ではないだろうか?彼女は作家でなくとも、女優でなくともいいのだ。「有名(セレブ)」であればいいのだ。ニーナを愚かにするものは何だろう?
トリゴーリンはコンスタンチンにとってはニーナの手紙であるカモメを見て「きれいな鳥だ」と言い、「本当に帰りたくない」と言う。さらに、短編の題材を思いついたと言い「湖のほとりに若い娘さんが住んでいて、カモメみたいに湖が好きで、カモメみたいに幸せで自由だ」と言いながら、手紙の紙をヒラヒラさせ、まるでかもめが飛んでいるようにする。
死んだかもめが美しいという言い方は軽薄さを表している。そして手紙をヒラヒラさせることによって、この手紙によってニーナが自由に飛び立てるという錯覚を惹起させている。ところがそれに続くトリゴーリンの言葉はこうだ。
「(カモメのように自由にしていた彼女が)たまたまやってきた男が彼女を見て、ヒマつぶしのために、破滅させてしまった―ほら、このカモメのように」
トリゴーリンは、ニーナの破滅、手紙(死んだカモメ)が破滅を予知していることを言う。
三幕へ。
敗者となり孤独に陥ったコンスタンチンは「壊れる」。自殺未遂をし、トリゴーリンに決闘を申し込む。鄙びた別荘地で居場所も無く、仕事も金もなく、彼女も母親もトリゴーリンに奪われ、残された行為を探して思い当ったふたつの行為がそれである。あのマーシャも母親も自殺原因は「嫉妬」だと片づけてしまう。
さらにマーシャはどうでもいい教師と結婚する。その理由は「結婚したら恋どころじゃなくなる」からだ。彼女にとって「恋」は忘れるべき努力をするものらしい。
ニーナはトリゴーリンに彼の小説の一節を用いて「愛の告白」をするが、それは前幕から思うと疑わしい。彼女はトリゴーリンにではなく、作家にあるいは有名人に愛を抱いたからだ。
浮ついたトリゴーリンは、綺麗な若いニーナから「告白」され、有頂天となり愛人であるアルカージナに「別れてくれ」といいだす始末。ニーナはモスクワに行くと言い出し、トリゴーリンはこれ幸とモスクワに着たらここに泊まれと指示する。浅はかな愚かさに満たされる。
つづく