生物の唯一の目的は種の保存だと言う。
人間も同じだ。
人間の場合、そのシステムへいたるためには対象を好きになるという感情の発動が必要である。
その好きになる根拠、要素が単純ではない。容姿や経済力や権威などがファクターとなる。また、錯覚や欺瞞が加わる。
そして、契約じみた婚姻というステップを踏むことが多い。
対象を好きになることを愛と言ってみたり、相互で好きになることを愛しあうと言ってみたりするが、その関係はあまりに脆い。
愛という言葉は種の保存の動機づけ、あるいは種の保存に附帯する行為の不法さ傲慢さへの弁護、隠ぺいになる。愛という言葉は相手を欺き、自分をも欺く言葉だ。
愛の不在、人間関係の疎外、これが『かもめ』を貫くテーマであり、『かもめ』の全てだ。そして、愛は移ろい、過去の愛はあまりに簡単に無惨に「かもめのはく製」のように忘却の深淵に遺棄される。そして、運悪く移ろわぬ愛は死を招く。
その人間たちが流麗に装ったり、機知に富んだ言辞を弄んだり、自らの欲望が満たされないからとして悲しんだり。
だから喜劇なのだ。
愛の不在、人間関係の疎外を描いていると言っても登場人物はそれぞれ異なる。その中に自分にとって愛着を感じる人物と、自分の鏡のような人物がいる。私にとっての前者はマーシャだし、後者はトリゴーリンだ。
マーシャは自分の片想いの辛さを解消しようと自分に心を寄せているどうでもいい男と結婚する。その後片想いの相手が手の届く位置に来るところっと夫を忘れる。
トリゴーリンの浮ついた薄っぺらな言葉と、相手の心情を利用しようとする狡猾さはまるで私だ。
かもめは誰なのか?
仮設舞台のみのシンプルな装置と思いきや、後になって左奥にそれが遠景として見える工夫あり。練度も増し、熱演でもあり、140分が長くなかった。
管理人を省略した人物構成。かもめを手紙、紙で表現したところも面白かった。
また別のチェーホフ体験ができた。
ART THEATER かもめ座 にて
2013.2.21-2.24
作:アントン・チェーホフ
訳:沼野充義
演出・台本:石見 舟
照明:あんとん
照明・音響操作:俊山安奈
音響:千乃ホナミ
舞台監督:辻 智之
舞台美術:石見 舟
小道具:清水美江
衣装:倉田杏実、小林由佳
