書評『刑事訴訟法の変動と憲法的思考』 | leraのブログ

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書評『刑事訴訟法の変動と憲法的思考』

世の中に名著というものはなかなかない。流行するものはある。名著は普遍性を持たねばならないのだから少ないのは当たり前か…

 著者の小田中聰樹は、はしがきでこう述べる。
「平和、人権、民主、そして福祉を基本原則とする憲法の一環を占める「人身の自由」(刑事手続上の人権)は、犯罪、非行、テロ、格差・貧困、そして戦争への脅威と不安に悩む現代社会において、その真の解決、克服をめざすうえでますます重要な意義を担っている」

 そして生産された悪法を列挙する。破防法、騒擾罪、公安条例、兇器準備集合罪、刑法改正、少年法改正、非常事態法…

 法律の多くは人身を抑圧する目的を持っており、人々を救う可能性については必ずしも高くないのかもしれない。治安強化の目的が「公安」であり、一般市民を擁護する目的を持たないことと同じであるし、日本の司法が法律を守らないことがそれに拍車をかけている。

 また、弱者の人権・権利保護のように見られる立法(児童買春・ポルノ処罰法、ストーカー規制法、児童虐待防止法、DV法など)も、警察権力・刑罰権への依存化の拡大、促進の傾向が顕著な治安政策である、という。

 しかし法律が市民のものとなる時、それは市民を守ることになる。
 そのように想起したとき、日本には憲法があるのである。

 ポスティング(ビラ)弾圧や盗聴法という現代治安政策がけして合憲ではないことを論証し、少年審判の検察官関与や裁判員制度の批判も明確である。

 そして「健全」な「憲法的思考」に展望があるか?という論考で
「人身の自由という意義を単なる権力抑制に限局するのではなく、人間及び社会の自由な自律的発展に献するものとして積極的に捉えたい」とし、「自由を守り発展させることが犯罪情勢の深刻化を打開し解決する本当の鍵」だと言う。
 さらに「国家(警察、検察、裁判所)権力、の拡大・強化を許してこれに解決を委ね、これに依存する道をとれば人間と社会の自律的発展を阻害し、かえって犯罪に弱い人間と社会を作り出す」と指摘する。

 ノーム・チョムスキーの「覇権か生存か」(Hegemony or Survival)に感銘を受け以下のように読み解く。
「環境や生活を破壊するグローバリゼーション(この文節の少し前にアメリカ流グローバリゼーションについて論じている)やテロリズムを煽り育成する一方で、それを軍事力や警察力でもって抑圧する形で他国を侵略し民衆の人権制限を行う世界戦略が覇権する世界、そういう世界は変えられる筈であり、そのために異議を申し立て建設的な代案を追求する動きが大衆行動の形で始まっている。ここに人類の希望がある。」

 今ある危機を「人類の直面してきた最大で最後の危機」と分析し、その危機に立ち向かう必要があり、その知恵は人間の頭脳の中にあると予言し、その鍵は日本国憲法の理念である、人権、民主主義、生存権、平和だとする。

 刑法、刑事訴訟法の変動を歴史の中で捉え、将来に対する「危険」と憲法理念の重要性を説いたたいへん示唆と啓示に富んだ名著である。

 ただし高価である。7000円。

 小田中聰樹(おだなか・としき)著 日本評論社 20061215日発行