
Michel Petrucciani 情熱のピアニズム
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ミッシェル・ペトルチアーニ(Michel Petrucciani)について語ることは、甘く切ない。
というより、ヒリヒリした皮膚感覚を伴う…それは、彼と「出会った」時、私は恋をしていたからだ。
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恋をしているという状況、あるいは人を好きになるという感情に驚きと途惑いがあり、自分が理解できないという違和感が充満し、その辛さの解消に過去の自分に、あるいは過去に同様の感情を持った時間に戻り、反芻してみたいと思った。
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当然手がかりになるものなどないため、よく通った四谷のいーぐるへ行き、そこでペトルチアーニに「出会った」のだ。
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その時私は彼の名前すらしらなかった。エディ・ルイスとのデュオ(Conference presse)がかかっていて、タッチの強さや、一音一音が粒だって聞こえることなどに驚きをもった。そして DISC2 Autumn Leaves が始まって8分40秒以降の、インタープレイ(かけあい)からソロに入るところのシングルトーンの「トーン、トーン」のシングルトーンに全身が震えるようなショックを感じたのだ。
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そしてジャケットを手に取って、Michel Petruccianiの名前を初めて知った。
ここ15年間で最もよく聴いたミュージッシャンである。そして、彼が1997年にブルーノート東京に来る事が決まった時も行くはずだった。それはある事情があり行けなかったが、その約1年後に彼が死んだという新聞記事に接した時の衝撃はあまりに大きかった。
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その晩いたたまれない気分のまま、いーぐるへ行き「ペトルチアーニのモノを何かかけてほしい」と言い、いーぐるはEstateをかけた。
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そのペトルチアーニのドキュメンタリー映画が上映されるという。
映画館は客席70にも満たないミニシアター(渋谷イメージフォーラム)だった。
行って驚いたのは多くの人々がチケットを買い求めていて、場内に入ると満席だったことだ。
こんなにジャズファンがいるとも思えないし、ペトルチアーニが日本ではそんなに有名な人という印象もなかったので、驚きだった。
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映画が始まるとすぐにスクリーンにくぎ付けとなり、それは終わりまで続いた。
保存されていたペトルチアーニが写っている映像や、直接彼と関係のあった人々のインタビューで構成されている。
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映画が進むにつれて、新たな驚きの連続だった。
私は彼の多くのCDを持ち、レーザーディスクもDVDも持ち、かつそれらを聴き、ディスクユニオンでは必ず彼のモノを探す生活(90年代は彼個人のプレートは用意されていなかった)をして来たにもかかわらず、彼のことは何も知らなかった。それが不思議だった。
彼が結婚し、子どもまでいるという事を全く知らなかった。知らなかったというより関心がなかった。その心情が不思議でしょうがなかった。理由は分らない。
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映画で分かったことがあった。
ひとつは、彼がジャズプレイヤーである前にジャズファンであったことだ。ヴィレッジバンガード出演の時に、コルトーンがエルヴィンが出演したと同じステージでプレイできる喜びと興奮を語り、ジャズフェスティバルに出演した時に出会ったジャズジャイアンツ(ハンコック、コリア、ショーター等)たちについても興奮を語った。
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もうひとつは使い古された言い方だが、天才ということだ。この言葉は彼にとっては使い古されたモノではないと思われるし、他に言葉が見つからない。
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エンドロールのバックはSolo Liveからのものだった。
エンドロールの下から上へ流れる多くの人物名、曲名を見ていて涙が溢れてきた。涙が止まらなかった。その理由も今の時点では分らない。
私にとっては今年度NO.1映画になるだろう。
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彼は貧しい生活の中から母が買ってくれた中古のアップライトで最初にブルーズコードのFを弾いた時の感動を熱く語っていた。
私も、Fが弾けるだろうか?
あるいは、すでに、弾いてしまったのだろうか…
2012.10.21
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監督:Michael Radford
2011/仏・独・伊/103分
原題:Michel Petrucciani/Body & Soul