オリンピックで気になったのが「なんとか娘」。
「娘」とはどんな意味なのだろう。
確かに誰かの娘だから「娘」なのだろうが、「なんとか」が親の名ではなくスポーツ名なので不思議なのだ。さらに複数で使われる時が多い。例えば「卓球三人娘」。
無論選手たちは戸籍上の姉妹関係にはない。
男性選手に「なんとか息子」、たとえば「体操三人息子」とは言わない。
「娘」が「息子」との対(つい)の表現から独立した感がある。何か深い意味があるのか?あるいは深層にジェンダー的な問題があるのか?是非知りたい。
そして某放送局が、「国民みんなの期待を背負って」とか「国民全員が応援する中で」とか言う。データがないはずなのに、そういった表現は使うべきではないと思うが、案外「娘表現」と底流で繋がっているような気がする。
所有に近い概念があるのか?
「娘、息子」という表現は。親が一方的に「所有に近い」概念を表しているように思う。だからスポーツで用いられる場合の「なになに娘」は「国民みんなの娘」という意味合いがあるのだろうか?
その先をたどっていくと「民族一家論」か(笑)…ただし男性選手には「息子」と言わないのだから、そこまでは行かないのか…
でも不思議…