プロローグはミュージカル仕立てで、小泉博他二人が歌を歌う。もう一人は東宝作品で出演本数の多い知る人は知る井上大助である。
「朝日とともに出かけてく、三羽烏はげんきもの、並木通りに店出せば。シューシャインシューシャインシューシャインシュシュシュ」といったような歌だ。
彼らは球型ではなく円筒形のガスタンクらしきものが見えるバラック街(あきらかに空襲の焼け残りで、板の家屋。バラックではなくみんなこみうだった)から出てきて、古びたアパートに住む原節子を迎えに行く。
三人は靴磨きで、原は似顔絵かき。銀座の並木通りに「店」を出しているが、通うのは都電で、その都電が勝鬨(かちどき)橋を渡る。
この都電は「月島通八ー勝鬨橋ー築地ー三原橋ー銀座四ースキヤ橋」の路線で起点は新宿で終点は新佃島の11系統だと思われる。1968年まで走っていた。
原や小泉が住んでいるのは月島あたりだと思う。そして、スキヤ橋で降りるのだろう。(確か電停の表記はカタカナの「スキヤ」)
銀座方面から勝鬨橋まで歩いて行く途中に洋館がいくつか見える。旧小田原町のあたりだと思う。
この勝鬨橋は開閉式で、船舶の通行によって橋が開き、都電も車も人も待たされる。この橋がストーリーに重要に役を務める。小さな諍いで三船敏郎と原が分れ、開く勝鬨橋の右手と左手に分かれたり、都電から指輪を落としたら開橋とともに隅田川に落ちてしまったりと。
ストーリーは「ほんもの」と「にせもの」を巡って転々とし飽きさせない。
杉葉子が肺を病んだ街娼で、原や小泉たちの同情を集めるところが時代背
景を感じる。
死んでいく杉が母親を安心させるためについた嘘をみんなが繕おうとする。
題名がやや解せない。
1952年
監督:千葉泰樹、脚本:井手俊郎、吉田二三夫