有島武郎が軽井沢で自死した時、森雅之は中学生だった。それ以来かどうかは定かではないが、森は父である有島の作品に距離を置いたと言う。しかし、縁は異なもので黒澤明の『白痴』のロケに使われたのは有島が札幌農学校の教師をしていた時の住居てせもあった教師館だ。そして『或る女』出演の誘い。フィルムアート社の「映画読本」でいくと、乗り気ではなく度重なる説得の末で、しかも客船事務長の役をかなり原作から遠ざけたキャラクターにしたとのことだった。
この映画に森が出演することによって、宣伝効果があったのかどうかは分からない。多分無かったのではないかと思う。
映画はとりたてて評論すべきものではなく、完成度も高くない。
京マチ子と森のカラミはどうしても浮雲の高峰秀子とのカラミと比較してしまう。原作の差か、監督の個性か、かなり差はおおきい。森もウケの演技ではないため、彼の魅力が引き出せたかどうかは疑問。
この作品もNFCのアンコール上映会で観ることができたのだが、どうもこのアンコール上映というのは別の意味があるようだ。
あまりいい作品ではないから上映機会が少ない。よってNFCで上映すると人が入る。すると翌年のアンコール上映にノミネートされる…今回も上映30分前のチケット販売時間に合わせて行ったのだが、平日午後1時半にもかかわらず、すでに行列ができており、担当者に「もしかしたら入れない」とまで言われたのだ。
いつも言っているが、下らなくて途中で映画館を出た作品は生涯に1本しかない。つまらない作品は、つまらないながら見るべきところはあるのだから…
千葉泰樹監督の『悪の愉しさ』と同じ1954年の製作である。森は同年に違う会社の映画作品に出演したことになる。器用な人なのかもしれない。