映画『ぬちがふう(命果報)』紹介
ぬちがふう(命果報)
普天間基地移転問題の言説が実にまどろっこしいのは、「差別」という言葉を用いないからだ。「差別している」と言ってしまえば問題は単純化されかつ明確になる。
この映画は沖縄戦の生き残りの証言を集めたドキュメンタリー作品である。この多くの証言から浮かび上がってくるのは、「差別」と「子ども」である。
沖縄に来た部隊は中国の南京から「転進」してきた部隊であり、その兵士たちは沖縄の人々を「シナの子孫」と呼んだ。その差別心が多くの自決という強制死につながった可能性を感じる。
「玉砕」したサイパンには沖縄からの移住者がたくさんいて、彼女・彼らは沖縄戦以前に「玉砕」という強制死を強いられていた。
本島上陸の前に阿嘉島にアメリカ軍が上陸し、日本兵や住民は山に避難した。ある老夫婦が避難できず家に残っていると上陸してきたアメリカ軍が缶詰などを置いていった。その老夫婦は山から降りてきた日本軍によってスパイ容疑で処刑された。
また各地で起きた「自決」という名の強制死の動機は「アメリカ軍がきたら男は殺され、女はおもちゃにされる」という日本軍の説明で、それは日本軍が南京で行ったことではなかったか。
日本軍兵士が集団で投降したことすらあったのに、沖縄住民の強制死の理由はなんだったのか?情報漏えいを恐れたのか?すでに組織的抵抗ができなくなっているのに情報の漏えいはそれほど危惧することだったのか?あるいは皇民化の総仕上げだったのか…
朝鮮半島からの軍属の多くが上陸したアメリカ軍に対して夜の「切り込み」を強制された。「切り込み」を躊躇していると後ろに控えている将校に切られるのである。武器はなんと「こん棒」だったという。待構えていたアメリカ軍には暗視野装置があり武器は機関銃である。どう考えても「切り込み」の効果を考えたとは思えない。現に将校に「切り込みにいったとみせかけ投降しろ。お前たちがここで死ぬことはない。褌を振ればアメリカ軍は撃ってこない」と言われ投降し助かった朝鮮人たちもいた。
ソメヤ少尉という人は朝鮮人軍属を伴って集団で投降したという。
捕虜を得たアメリカ軍は「降伏勧告」を拡声器が行うが、それは結果として朝鮮人軍属の監禁につながる。日本軍は朝鮮人軍属を土に掘った穴に閉じ込めた。沖縄の人たちは死亡者が出たことを示す「盛り土」が毎日のように増えるのを見ていた。生き残り軍属の証言では「芋を盗んで死刑になった」と言う。
また、「子ども」の戦争であった。
中学一年生から「徴兵」されたと言う。例の鉄血勤皇隊である。その「召集令状」を届ける係りも中学生で、あまりにひ弱だったりした生徒には届けなかったと言う。(いくら戦時下とはいえ中学生を徴兵はできなかったはずだから、別物だったはず。よって「令状」も中学生が渡せたものだったと思う)それが届いた中学生の半分は「戦死」した。「令状」を届けた学生は、戦死した学生の母親から長い間恨まれた。
証言者の女性の多くが「アリラン」を歌えた。歌詞の意味は分からないと言う。それは朝鮮人従軍慰安婦の少女たちが歌っていたからだ。慰安婦という言い方は無く、「ピー」(「朝鮮ピー」という言い方は知られている)あるいは「女郎」と言っていたという。慰安婦たちは泣きながら「アリラン」を歌っていたと、深い同情を寄せる証言者もいた。彼女らの慰安婦や軍属に対する同情は、戦中、強制連行されたきた朝鮮半島出身者を匿ったアイヌ民族と通ずるものがあると思う。
そして戦争に駆り出された中学生の記憶では「色が白くとても美しかった」という。一瞬の青春の煌きがあった。
沖縄戦とは何だったのか?
証言者がこう言う「アメリカと日本の戦争ではなく、アメリカと沖縄の戦争だった」と…そしてアメリカと朝鮮人の戦争だったと思う。中学生たちは伝令や弾薬運びの最前線での危険なシゴトをさせられ、一般の人は食料を徴発され餓死者も出た。食料を隠すと死刑である。証言者の日本軍の印象は「たらふく食べ、慰安婦をおもちゃ」にしていたというもの。
そして、アメリカ軍の激しい艦砲射撃があっても日本軍に拒まれガマに隠れることもできなかった。沖縄にとっての敵は、アメリカと日本であった訳だ。言い方を変えると、常に戦争がそうであるように、国家と市民との戦争であった。
しかし当時の中学生たちは「天皇の赤子を疑わない軍国少年」で、爆弾を抱えてアメリカ軍戦車に体当たりすることに疑問を感じていなかったと言う。琉球という王国があったことを知るのは敗戦後だ。
朝鮮人たちも「テンノウのもとみんな同じなのになぜバカにするのか」と言ったと言う。
これらの証言は自決に軍命令があったかどうかが問われた「大江・岩波裁判」につながっていく。そちらは第二部になる。待ち遠しい。第一部も予定を遥かにこえる時間がかかってしまい、朴寿南監督は視力をとても落としてしまった。第二部の完成が待たれる。
是非上映会に協力してほしい。
監督・製作:朴壽南
音楽:原正美
うた三線:新城亘
撮影:大津幸四郎
助監督:朴麻衣
2012年/日本/カラー/SD/132分/4:3
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