先日、丹後の方に車でいって来た。行く途中になにかこの道、過去にも通った記憶があるとよく思い出してみると3,4回は通っていた。年月が経っていたので忘れていただけで・・・。
後に、露天風呂に入っていた時に思い出す。
一回目はカニ料理をおいしく、それでいて安い宿を探すため全国を回っていた時、
2回目は清張さんに、どこか田舎で駅の近くでいい宿ないか聞かれた時、とっさに思い出し北近畿丹後鉄道を利用して一緒に網野まで
行ったときであった。
3回目は気の合う友人と二人で行ったときであった。この時は時間も十分あったので、そのあしで九州の鹿児島まで行ったことを思い出した。
いずれもカニ料理をたべ一泊したのだが、清張さんは原稿を書くのに京都から近いと言う理由で、好都合の場所と考え2回目から小説を書くのに一時期、この駅の近くの宿を利用していた。
そんなある日、わたしが小用で福井に出向いた帰りに清張さんのことを思い出し驚かせようとその宿まであしをのばした。
宿に了解を得て部屋に入っていき
「清張くん!筆は進んでいるかな?」と冗談ぽく言うと
外をながめて寝ころんでいた彼は思いがけない訪問者に驚き「やぁー」とてれくさそうに笑っていたのを思い出す。
その後露天風呂に入り仕事の話などしていた。
今回、私が予約を取った宿は無意識でその宿をとっていた。
そして、露天風呂に入り空の夜景を眺めていて「はっ」とした。
それは、わたしの過去の記憶がプラズマ亜空間を通ってきたかのように、わたしをめざませたことである。
わんわん
でも感想を聞かれているのだからよく見てから
「花柄は俺の好みかな?ー」というと
上の妹は「お兄ちゃん結構かわいいのが好きなんだ。じゃーお兄ちゃん用も、同じの買ってきてあげるね。」といった。(○´∀`○)
父はテレビを見ながら「ふん!」とあほくさと言うような声を出し|・ェ・、母は、相変わらず気にせずに「親切ねー」といい、下の妹は「ちょっと!私に買ってきてよーそのハイキニショーツ!お兄ちゃんのは、その後よ!」といったそうである。(●´-ω-)
スタンダード君は冗談だと思って「お兄ちゃんは、白でなくピンクがいい!」といった。
翌日、スタンダード君は残業で2時間ぐらい遅れて仕事から帰り、家族は先に食事を済ませていたので一人食事を済ませた、お風呂にも入り自分の部屋で、ガボットのCDをコピーしながら聞いているとドアをノックして上の妹が入ってきた。
「残業?だったの?」と聞くので
「うん。」と答えると
「はい!」といって水色の17センチぐらいのやや厚手でできた紙袋の上についている、紙袋の色にあわした色でできた木綿の紐のところを握って差し出した。
スタンダード君は昨日のことはすっかり忘れていたそうで、その袋を受け取り中をのぞくと薄い紙で包まれた何かが見えた。
条件反射で「ありがとう!」といって横に置きCDが焼き終わったのでやれやれと思い次の曲のセットをした。
上の妹が「誰の曲」と聞くので
ガボットの説明を事細かに説明した。
私もほしいと言うので丁度3枚コピーできていたので1枚あげると
「ちゃんと着けてね」と言って部屋から出て行った。
出て行くときチラッとこちらを振り返って
「穿いたらまた見せてね!」と言い残していった。
スタンダード君はガボットの説明を終えたばかりで、何の事をいっているのだろうと思ったそうである。
予定していたコピーも終え、横に置いてある水色の17センチぐらいの紙袋の中の物を取り出してみると、薄い紙で包まれたピンク色のハイキニショーツであった。
下の妹もほしがっていた、あのハイキニショーツで上の妹のと違いはサイズと色である。
上の妹のは白地でピンク色の花柄の刺繍入り、自分のは、ピンク地で白色の花柄の刺繍入りだったそうです。
スタンダード君は自分だけの女性下着を上の妹から買ってもらい本当にうれしかったそうです。
嬉しさのあまり自分の部屋でショーツを手にして「ハイキニ!ハイキニ!ハイキニ!ハイキニ!ハイキニ!」と第一戦線を突破した兵士のように回りを気にして密かに踊りまくったそうである。
\(>ワ<)/
追伸
上の妹は最大の間違いをおこしていた。
スタンダード君が一番ほしがっていたのはあなたたちにとって皮膚に一部にしか思っていない☆パンティーストッキング☆だったからである。(◎≧ω≦)ノ
つづく
ハチ
なぜ、ふきだしてしまったと言うと、何気なく次郎くんの説明を横で聞いていた私だったが、次郎くんが話に夢中で体を半分前に乗り出したとき、
薄グリーンの半袖シャツの背中に、薄い水色のブラがくっきりとわかったからである。
あまり、いや、ちっともこたえていない次郎くんに「乾杯!」
この険しくて長い道を選ぶ男は、本当にいろんなヒトがいます。
ニックネームは3人で考えた結果、スタンダード君になった。
なぜかというと、次郎くんが
「ストッキングの初心者と言うことで、まず、スタンダードな物から購入したほうがいいね!」
「ね!シアーさん!」と言うので
わたしは、「ま、個人的に金銭的なこともあるし、また、好みもあるし、それでいいかも?」と言い彼の意見を聞いた。
25,6歳の男は、「ストッキングの事は、本当に知らないので・・・。」
「僕も、ストッキングを穿きたいんです。」とまた繰り返した返事が返ってきた。
これを聞いてて次郎くんが「じゃー、スタンダードな物から買う、スタンダード君でいいね!」と言うと
「はぁー、それでいいです。」と言ったので決まった。
このことに非常に満足したポジティブな次郎くんは「はい!決まり。次は、自己紹介して!」と言った。
スタンダード君の家には父、母、妹二人の5人家族の長男だそうで、すぐ下の妹は勤めていて、二番目の妹は来年、大学を卒業予定だそうである。
スタンダード君が家で横になってテレビを見ているとストッキングを穿いたままの姿で妹がスタンダード君の前を通ることもしばしばだそうでオープンな家族らしい。
上の妹が大学の時、夕食後、家族みんないるところで「お兄ちゃん!今日ショ-ツ買ってきたんだけど、これ!どう思う。」と買ってきたばかりの白地で花柄の刺繍入りのショ-ツを袋から取り出して、広げて見せたそうだ。
父は、チラッと見て「お前また高そうなもん買ってきたな。」といい、テレビのお笑い番組に目を戻し、下の妹は「それ、今までで一番高くない?」といい、母は、気にせず「さぁ!洗おう!」といって台所にたった。
スタンダード君は食後にいきなしだされて心臓がどきどきしたそうである。(o◎∪◎)
つづく
ハロウィン

スムーズに環状線に入った後、車は、カーナビのおかげで41号線へと入った。
後は一直線で道なりに走っていれば下呂温泉に着く。

カーナビの他にジーピーエス、レーダーも付いている。

「このレーダーはボイスでいろいろ教えてくれるので楽なんだわ-」

「私、機械の事よくわからないし、何と言っても女の子には楽なんじゃー」

と、やふ子の声を聞き、たまちゃんが、どうしてつけたのかと聞くと、最初、レーダーは付いていなかったのだけど田舎道を走っていてレーダーにひっかかったそうで、警察でタバコを口にくわえた自分の写真を見せられた時、お母さんと一緒に警察にいったので、一番驚いたのはやふ子の母上だったそうで、家に帰ってから、罰金とタバコの事で思いっきり怒られてから取り付けたそうである。

たまちゃんは、「でもそういう経験をして初めて、こういう器械が必要になるのね。」と言い

「こうしてしてやふ子は強くなっていくんです。」と付け加えた。

「アホいうなっ!」とやふ子はハンドルを握った手を片方出して

「お菓子!」と言った。

お菓子とは、ちょっといつもと違って大きめ落花生入りせんべい。

やふ子は、それを口にくわえながらアクセルを踏み込んだ。

そのおかげで、走っていると「ループコイル型速度取り締まり機まで100メートルです。速度を落としてください。」とボイスで警告がするのを、たまちゃんと私は物珍しそうに聞いていた。

名古屋の4車線道路から2車線道路へと変わるとだんだん都会から離れていくことをまわりの稲穂を刈り取った後の田んぼを見て感じながら前方に目を移すと標識が立ってしました。

「モンキィ-パークは左折」「明治村は右折」と矢印の看板が出ているのを見てモンキィ-パークか明治村のどちらに寄ろうか3人で相談したのだが、

下呂温泉につく時間が遅れると言うことで寄り道はしない、しても、コンビニぐらいね、と、なった後、500メートルも走らないうちに稲わらを積んだ小型トラックが出てきて、前方をさえぎり、ゆっくり走っている。

「前のトラック、もう少しスピード出さないかなー?」とやふ子は言い、私は、「焦らずに行きましょう!」と苛立っている、やふ子をなだめると、たまちゃんが「コンビニに、よって、一息入れればいいじゃない?」

と言う言葉に、車はコンビニの横に止めて中に入るとすかさず3人でトイレに駆け込んだ。

つづく口紅

私たちの車は、何事もなく名古屋の環状線に入った。前回は、たまちゃんの運転で名古屋の環状線に入るまで、ここを曲がるとか、いや、次の信号で左だとか、結構、迷ったのだけれど、今回のやふ子の運転では、スムーズに環状線に入った。たまちゃんの時と、何が違っているのかと言えば、やふ子の、へバルのビビオにはナビがついているのでいるのです。カーナビを見るのはわたしも、たまちゃんも初めてやふ子の車に乗ったとき「テレビが付いているのね」というと「カーナビなのよ!私もこんな便利なものがあるとは知らなかったの。」と言い、実は、やふ子のおとうさんは、厳格な人でやふ子が自動車免許をとった時、「やふ子!」「どうせ新車を買っても一回は事故をするに決まっている。最初は中古車にしなさい!」「それから、車の代金は自分で払いなさい。」とまで言われ、やふ子は1週間余り「ちょう、むかつく」を連発していた。「新車を買ってもらっている子もいるのにー、いやだー」と言ったら、そのかわり、車の付属品は何でも知っている、お父さんが買ってやるという約束で、数日後の土曜日と、日曜日、お父さんと中古車を買いに行ったそうだ。つまり、やふ子のお父さんはカーマニアだったっー、事。車を買う事にはやふ子より、お父さんのほうが、うきうきしていたわけである。二日間3,4軒の自動車会社を見てきた中で、やふ子のお父さんは、カーナビ付きへバルのビビオ、オートマチックが大変気に入ったそうだ。なんといっても、付属品で一番高いのがカーナビで、それがもう付いているのである。自分のふところも痛まないから、「助かった!」と言う感じである。価格もてごろで皮張りシート、アルミホイール装備でワインレッド、ときたもんで、やふ子も気に入ったそうである。ちなみに、やふ子の一番気に入ったのは2軒目のセールス男だったことも私に話してくれた。つづく 観覧車
この3人と行くのは長野にいったとき以来、1年ぶりである。今度は、ヤフー好きの、やふ子の車で行くことになったので少し心配だ。何が心配かというと、やふ子は、結構、スピードをだすの、おまけに運転の途中に横を向いて話し掛けてくる。ときは前を見ないで横に乗っている、わたしに「ちょー、ハンドル持っていて!」と言うときがある。それなら最初から運転変わってくれる?と言えばいいものを、急に言われたほうは慌てて頭の中が真っ白になってしまう。こういうときは最悪!以前、父、ひろしに「やふ子の車は、へバルのビビオと言う車でオートマチック車でも、けっこう加速がいいのでビビってしまいそう。」と言ったら「ババもチビリそうになる車っー事か?」と、聞かれ、いろいろ話たい事があったが、肛門を引き締めすたすたと自分の部屋に戻った。 旅行当日の朝、6時頃に「ピンポーン」で母が玄関のドアを開けると半分ぐらい食べたパンを持ち、やふ子が立っていた。母が「おや、まー朝食かい?」と言ってるときに、私がのれんから顔を出すとやふ子は私を見て「早く行こう」といった。「朝ご飯、家で食べてくかい?」と言う母に、やふ子は家がいつも朝はご飯だと知っていてか「あっ、心配しないでください。朝はいつもパンなので。それに、たまちゃんが待っているので。」とつけくわえて食事を断った。すると母は、「じゃー、たまちゃんも一緒に私と3人で朝ご飯食べましょう。」といった。私は表の通りに出て、やふ子の車をみると、たまちゃんが後ろの席でお茶を飲んでいるところだった。やふ子は「たまちゃんは5時ごろ目がさめてもう食べてきたそうでー、わたし、コンビニで何か買っていきますから大丈夫でーす」とも付け加え、ようやくうちの母を納得させた。時間が早いせいか、人も、車もまだいない。最近、朝になると少し肌寒くなったからだろう。それでも、遠くで犬を散歩している人がいた。やふ子も母といっしょに出てきて「安全運転でね!」と母が言うのを聞いて、先に運転席に乗った。あまり助手席は気がすすまなかったのだけど、やふ子が早く助手席に乗れと言うので、つい、乗ってしまった。こういう時、はっきり「後ろに、のるわ!」と言えない自分が情けないと思った。私の人生「と、ほ、ほ、」かも?つづく メモ
笑っているのは、女性の格好で笑ったのでなく、私が着替えの際おしりをまるだしにしたからで、
女性の格好になってしまうと、普通に戻ってしまいました。
しかし、赤のハイヒールにはじっと目をやっています。
それというのも、まだ、ベトナムにはハイヒールを履いた一般人は一人もいない時代
だったからでしょう。
私は、開襟シャツと水玉ミニスカート、フォーガルのストッキングを穿き赤の
ハイヒールでまだ舗装されていない大通りを歩き、色色出ている露天を見て帰った。
一番困ったのは、何しろ暑いところなので朝のうちはいいのだけれども、お昼も過ぎ午後2,
3時頃になってくるとストッキングが汗のためと土ぼこりのため、ねちゃねちゃして
気持ち悪くなるということです。
こんな時、ストッキングマニアですから、ちゃんと脚を洗って新しいストッキングに履き替えます。
ですから、どんどん洗い物もふえます。
ことの始終を隣のおっちゃんが見ているけどちっとも気になりません。
こんなことからストッキングを洗濯して何十枚も干していました。
ストッキングが乾いて風に揺れている。少し強く吹くと足の部分だけが横に
ゆらゆらとなびくすばらしい光景も当たり前の光景になっていた。
日本ではこうはいかないでしょう。
ストッキングを毎日穿き生活しているとだんだん、気持ちいい感覚が薄れてきます。
そして、だんだんストッキングを穿くのが、うっとうしくなってくるので、私の場合は、
たまに穿くのが気持ちいい感覚を持続させる。
ということに気づいたストッキング生活INベトナムでした。
ヒマワリ
完成した私の家は床は地面から1.5メートル上がっていた。
虫とか動物が入らないよう上げてあるらしい。
周囲は竹で編んだ壁でできている。
屋根は40センチぐらいの、やしの葉はのようなものが20センチの厚みで覆われていた。
年中暑いので湿気の対策らしい。
この男の作業ぶりは物慣れていて、動きも機敏であった。
ほとんど四季がなく、気温の変化も少ない国で生暖かい風に、ちじれた頭髪をなびかせ、
この男は、タバコをくわえたまま私のほうにやってきて、嬉しそうな笑顔をうかべて立っている。
タバコで家が建つとは日本とえらい違いである。
こうして、私のストッキング生活ははじまったのである。
とりあえずイギリスの店にストッキングを注文した。
まだ、ベトナム戦争終戦後であるが、アメリカにはひどく神経質になっていたから
アメリカに注文するよりイギリスに注文するほうが安全である。
そういったことから、わりあい早く届いた。
このときは、ストッキングだけに集中していたのですが、そのうちだんだんと
飽きてきてまたまたイギリスへスカートとハイヒールとストッキングを注文したのでした。
ちなみに、その頃はまだ、ゾッキはでていなくてライクラという呼び方をしていました。
今のゾッキとは違ってすべり感はまったくなく、よく伸びることとさらりとした感覚は、
今と同じです。
大使館に注文した品物が届いたので急いで取りに行き。
その帰りに食事を取るために店に立ち寄り、また春雨を食べながら品物を確認した。
どうせベトナムなんだから大胆にいこうと赤のハイヒールと水色の水玉ミニスカート、
グレー系膝丈スカートを注文したのです。
店は表道理からまるみえで、日本でいえば、海水浴場の海の店といったほうが
わかりやすいと思います。
春雨を食べながらここで着替えてこうと思い立ち、着替えていると
店のおばちゃんは、私を見て笑っています。
つづくハチ
昨日と変わらないニコニコ顔で車の横に着たので、私は、車に乗せて村まで行った。
この男の家の前まで行くと「ここが自分の家だと言って車の中から指をさして、
私に教えてからもっと先に行け」と言う。
男の家から少しいくと木立の間に木の枝とか伐られた竹が山になっていた。
「ここで止めろ」と言うので車を止めると男は車から降りて竹が山になっているところに行き、
仕事をしだした。
何が何だかわけがわからず、この男の仕事を2時間ほど見ていた。
朝の6時ぐらいになってから、村の男たちが4人やってくると、この男は仕事の
手を休めて男たち4人と話し始めた。
話をしている途中4人は時々わたしのほうを見ていた。
この男は座ってからタバコを取り出し4人に一本ずつくばってから火をつけてやっていた、
自分もタバコを吸いながらわたしの事を4人に説明しているらしい。
わたしは、この様子をずっと車の中から見ていた。
しばらくして村の男たちが4人がこの男の仕事を手伝うのを1時間ほど見ていると、
何だか小屋を建てている事が解ってきた。
竹を編んでいる者、木のつるで紐を作る者、角材を作る者、後はそれらを組み立てるのに二人である。
わたしは、車から降りてこの男に何をしているのと聞くと、
「あんたの家を建てているんだよ。」と言うので驚いた。
「幾ら掛かるの?」とお金の事を聞くと、手を振っていらないと言う。
ちらりと私の目を見て「タバコ」と言う。
ちょうど、車に1カートンあったので差し出すと、この男は一箱取り出した。
わたしは、自分のぶん1つ取り残りはあげるとと言うと、男は驚いていたが、
まんざらでもない顔をして仕事を続けた。
わたしも手伝おうとすると男は驚いて、いいから見ていてくれと言う。
私の家は5時間掛かって朝の9時に5人のベトナム男の手によって完成した。
結構立派である。
つづくとかげ
ずいぶんと前の話になる。
ハノイ空港からタクシーでホテルに向かった。
幸いしたのは、アメリカのボロタクシーよりもきれいな車であった事だ。
車窓から見た町の景色は白い建物が多く、その建物の間に植えてある木立の葉の緑色の濃さであった。
日本との違いを、あたり前なのかもしれないが、この国に来て見つけた最初の発見であった。
この、あたり前の発見に何だか感動していた。
ストッキングはもちろん、どこにも売っている店はなかった。
私は、ハノイのホテルに泊っていたのだけど、そのホテルにもストッキングは
売っていなかったのでロスで買ったのがあったので毎日穿いて外出していました。
ベトナムの場合はずいぶんと前の話ですから町でも誰も穿いていませんでした。
もちろん、私のストッキング脚をみてもまったく普通の顔でした。
昼と夜は町の店で食事をとっていまして好物は何と言っても春雨です。
ベトナムの春雨はとにかく美味しくて毎日といっていいほど食べていました。
お店のおばちゃんは、私がいくと注文前に二人前の春雨を用意してくれるのです。
おばちゃんは、私のストッキング脚をみて「日本では皆穿いてるの?」と聞くので、
めんどうなので「はい!」と答えておきましたので日本のストッキングマニアの人はベトナム
では堂々と穿きましょうね!
ハノイからそう遠くない、ある村に行った時、村の人と話しをしていて仲良くなった人がいる。
なぜ、仲良くなったのかは、憶えていない。たぶん、気があったのであろう事と、
仏教国という宗教的なものの影響だろうと思う。
多くの国を旅するとわかるのだが、宗教的な共通点は結構大きい。
その村と人の名前は忘れてしまったのだが、たしか50歳前後の白い半袖シャツと
グレイ色の半ズボンを穿いた男の人だったと記憶している。
脚は細くゴムぞうりを履いていたのを憶えている。
その人が「どこの国から来たの?」と聞くので日本からと答えると、
「ベトナムのどこから来たの?」とまた聞くので今、ハノイのホテルに泊っていると
話してからタバコを一本挨拶代わりに差し出すと、そのタバコを口にくわえるので火をつけてやった。「いつまでいるの?」と尋ねてくるので、ホテルの宿泊代の事もあるので1,2ヶ月ぐらいかなーと答えると、ホテルの宿泊代がなければどれぐらいいられると聞くので、たぶん、半年、居れるだろうと答えた後、「どこか安い宿を知らないか?」新しいタバコを一箱差出てと聞くと、やせこけて頬が落ちた色の黒い男は目をくるくる回しながら
箱を手に取り、真っ青な空を見て考えている。
顔の色が黒いので、目の白い部分がひときわ印象に残った。
この人は、何か思い出したかのように、にこりとして私のほうを見て言う、
「それなら、自分のところに来ないか?それが一番だ。」と言った。
私は、タバコ一箱であんたの家族と一緒に暮らすのは、ちょっとーと言いながら困った顔
をしていると「大丈夫、大丈夫、大丈夫」といいながらニコニコ笑い私の肩をたたいてから
「明日の朝4時に、またここに来い」と言った。
次の朝3時頃、目覚まし時計で目が覚め、用意をしていると肌寒く感じたので
ストッキングアンド半ズボンで行くことにしてこんなに朝早くからなぜ行かなくちゃならないのかと
思いもしたがカウンターにまだ誰もいないホテルをでてレンタカーに乗り、
半信半疑でその村に行くことになった。
ホテルから村の入り口まで車で飛ばして40分ぐらいであった。
この村までの道を車で過去3回通っていたので楽に来れた。
もうすぐ村だなーと思った時、男は村の入り口で待っていた。
村の入り口といっても2キロぐらいある。
だけど、この人も朝3時には起きてこの入り口まで歩いてきていたことに驚いた。
ベトナムの容赦ない時間感覚にも驚いた。
アーメン、ラーメン、チャーシュウメンじゃなくいきなし、「ラ王
」といったところだった。
つづく!!