6月7日(日)、山形市のビッグウイングにて、全日本プロレス山形大会が開催された。
ケーブルテレビ山形時代、当時の全日本プロレスの武藤敬司社長やジャイアント馬場さんの奥さんの馬場元子さん等の強力な要請により、新たなプロレス興行会社「オールジャパンプロレスリング」と「全日本プロレスイノベーション」を設立して、伝統ある全日本プロレスの「灯火」を消さずに守り続けた経緯がある。
本社をケーブルテレビ山形に置き、本店を横浜市の全日本プロレス練習所に置いたのだ。
会長には自分が就き、副会長に日本テクトの増岡厳氏が就き、社長には秋山潤さん、専務には諏訪間幸平さん、顧問に馬場元子さんが就任した。
ほんの2年間程度であったが、現在の福田剛紀社長へ会社を譲渡するまでは、多くのプロレスラーの皆さんや、スタッフの皆さんと会議や打ち合わせ、さらに興行やイベントを重ねていた。
その頃の仲間が、この日、山形大会で再会する。
大会終了後は、当時、秋山選手や曙選手などとよく来ていた「焼肉・丸源」へ。
当時の専務の諏訪魔選手や、スタッフの大城営業部長や新井絵里子さんらと会食をする。
今の全日本プロレスは、あの頃とはファン層が違ってきており、女性の方々がとても多い。
宮城県出身の斉藤ブラザーズの人気は素晴らしく、この日も、全国から多くのファンが集まっていた。
また、Amazon prime videoの、人気番組「バチェロッテ・ジャパン」に出演して人気を博しているのが安齋勇馬選手。
サインをしてくれる彼の前には、長蛇の列だった。
なんと言っても、「暴走専務」「重戦車」「破壊王」など、数々の称号を持つ諏訪魔選手の迫力は、ジャイアント馬場さんから続く、まさに全日本プロレスの伝統である。
この日も、場外乱闘で、大きな見せ場を作られていた。
レフリーの和田京平さんが、ご挨拶に来てくださり、懐かしく話をさせていただく。
自分が会長の時に、全日本プロレスを退団し、ノアに行かれた潮崎選手だったか、今回、全日本プロレスに戻られたとのこと。
ご挨拶に来てくれて、一緒に写真を撮る。
今から11年前、2015年の11月29日(日)に、同じ会場の山形ビッグウイングで、全日本プロレスの山形大会を開催している。
当時の写真である。
この場で、自分たちが、全日本プロレスの会社経営から退くことを、選手たちに話をした。
とても思い出深い場所に、11年の時を経て、今回、戻ってきたのだ。
今回、福田社長がお嬢さんを連れて、ムービーオンやまがたを訪問され、ご挨拶をいただいた。
試合途中に、お帰りになるとのことで、夜の懇親会には参加できないとのこと。
福田社長は、何かあるたびに連絡をよこしてくださり、とても良いお付き合いをさせていただいている。
増岡さんや福田さんは入れなかったが、当時の思い出話しに花が咲いた夜となった。
大城営業部長は、全国を一人で行脚し、興行を支えている。
まだまだ、頑張ってほしいと思う。
諏訪魔選手に至っては、まさに、馬場イズム、武藤イズムを継承している唯一のレスラーと言っても過言ではない。
健康に留意して、更なる活躍を祈念したい☆


























