11月29日(月)と11月30日(火)の2日間、東京都大森スポーツセンターにて、山形ワイヴァンズと東京Zの試合が行われた。

初日は、東京Zが、山形ワイヴァンズから、72対63で快勝する。

試合後、ライコビッチヘッドコーチが語ったように、山形ワイヴァンズの選手のエナジーや、勝利を死に物狂いで引き寄せる気概が足りなかったように感じた。

東京Zのチーム関係者曰く「今の東京Zは、ヘッドコーチの戦略が浸透しており、以前戦ったチームとは一変している」と言うのも事実である。



翌日の試合は、何とか最終の第4クォーターで、山形ワイヴァンズらしい粘り強さが出て、辛勝した。

しかし、前日よりは、かなりディフェンスが機能していたが、まだまだ、本来のワイヴァンズのディフェンスには及んでないと感じた。

特に、前日の試合と大きく変わったのは、オーランド・サンチェス。

ゲームでのタイムシェアも影響はあっただろうが、やはり、思いっきりプレーをしてこそのサンチェスだと思う。

是非、次の試合も頑張ってほしい。



熱き闘将ライコビッチは、この遠征で、チームをしっかり見ていたと感じた。

翌朝、早くからシューティングの練習をしていた田原選手や山田選手。

その2人の状態を、しっかり把握していた。



ミスもあったが、チーム貢献度が著しい山田選手の活躍は見事であった。



そして、田原選手や川邉選手も、随所で輝いていたが、なんと言ってもディフェンスが前日以上に良かったと思う。



ジャワッド・ウィリアムズは、安定のプレーを随所に見せてくれる。


流石であり、心強い。




是非、次節は、ディフェンスやリバウンドという基本的な事から、しっかりとブレずに点を取ってほしいと思う。



東京まで駆けつけてくださったブースターの皆さんには、心より感謝申し上げる。

中島選手の、Bリーグ300試合出場を祝ってのボードを作成してくれたのである。



次節は、西宮ストークスとの戦い。

是非、気概やエナジーでは、絶対負けないでほしい!


11月13日(土)に行われた、第17回山形国際ムービーフェスティバル(YMF 2021)の表彰式。

コロナ禍前であれば、その後は、会場であるムービーオンのホワイエ(ロビー)での大レセプションパーティーが開催される。

毎年、YMFの審査委員、運営委員、招待作品の映画監督やゲスト、さらにはノミネート監督とそのスタッフ、そして映画ファンやお客さんも含めて約200人の立食パーティーとなる。

しかし、コロナ禍での昨年は感染防止の観点から、レセプションパーティーを中止して、PCR検査を受けて陰性の審査委員とゲストの30名のみが、郷土料理の「浜なす分店」にて夕食会を開催したのである。



今年は、だいぶコロナ禍が収束してきたタイミングでもあったが、感染防止の為、マスクをとっての会食を行う人全員にPCR検査と抗原検査を行った。


延べ108人の関係者が、検査を受けたのである。


その結果、全員陰性であり、この日、山形市の老舗料亭「亀松閣」での50人の大宴会となったのである。





山形県出身で映画界の至宝である村川透審査委員長の熱い挨拶。


歳を重ねられるにつれ、映画にかける思いは、凄みさえ感じる熱量であるのだ。




審査委員であり俳優の船越英一郎さんからは、これも愛情溢れる素晴らしい乾杯のご発声。


みんなで、杯を上げる。




参加者全員が、一言ずつ挨拶をして、映画に対する思いを述べた。




亀松閣の女将の笹原史恵さんと、亡き父の後を継ぎ、京都の瓢亭で修行を積み、この春に戻った次女百可さんがご挨拶をする。


この亀松閣の2階の80畳の大広間は、コロナ禍でずっと閉じていたが、この日2年ぶりに開けたとのこと。


記念すべき、リスタートの日となったのである。




百可さんが見せてくれたのは、「きのこの土鍋炊き込みご飯」


しめじ、舞茸、糸コン、ゆず、にんじん、小ネギ等が入った、格別の美味しさであった。




ほとんどが県外からのゲストの為に、お願いしていた「芋煮」は、やはり大人気!


皆、何杯もおかわりしていた。




村川透監督は、数年ぶりに懇親会に参加された。


自分は、この山形国際ムービーフェスティバルの初回からずっとご一緒してきた。


初回こそホリエモンこと堀江貴文氏が初代委員長で、村川監督が副委員長だったが、2回目からは、審査委員長として、YMF山形国際ムービーフェスティバルの中心に座していただいているのだ。


この日は、40年前の「蘇る金狼」の上映もあり、当時のことを熱く語られていた。


特に、松田優作さんとの「出会い」、熱き思いと信頼、人と誠意を持って向かい合う本気度…などを語られ、この映画祭との出会いも、40年前と同じであり、この思いを次の世代へ繋げていきたいと話されていた。




東北の17局のケーブルテレビの社長達も、皆んなが多くの繋がりを持ち、特に、岩手県出身の大友啓史監督は人気であった。


岩手県には、ケーブルテレビ局が約10社もあるのだ。




橋本マナミさん、菜葉菜さん、結城貴史くん、アンダーグラフの真戸原くん、大友啓史監督、清水崇監督、奥原浩志監督と。


この日、全員が抗原検査をしていただいたが、普通に、皆んなが楽しく食事をしたり笑ったりできるようになることを願って止まない。


この日、大広間では、遅くまで皆の笑顔が溢れていたことは言うまでもない。


また、来年、お会いしたい。


11月12日(金)、13日(土)、14日(日)の3日間、山形市のムービーオンにて開催された、第17回山形国際ムービーフェスティバル(YMF 2021)

今年も、日本中から多くの映画関係者が来場し、コロナ禍2年目にも関わらず、昨年以上の充実した内容となった。

ご来場いただいた皆さん、また、応募いただいた246作品の監督及びスタッフの皆さんには、心より感謝を申し上げる。



今年の目玉の1つは、招待作品として、審査委員長の村川透監督作品である「蘇る金狼」を、ムービーオンやまがたの大スクリーンに上映できたことである。

1979年に大ヒットした、松田優作さん主演のハードボイルド。

あれから、40年を超える時を経て、スクリーンで観られたことは幸せであった。



多くの村川監督のファンや、松田優作ファンが駆けつけて、会場はとても盛り上がる。


映画界の至宝であり、地元山形の誇りである村川監督の舞台挨拶は、40年前の作品同様に、色褪せず輝いていたのである。


多くの第一線の現役監督や、若手のノミネート監督は、村川監督の熱いメッセージに涙していた。




毎年、YMFの主役の1人である行定勲監督。


今年の招待作品、「アジア三面鏡2016」

3人の監督のオムニバス・コラボレーションだが、行定監督の作品は「鳩 Pigeon」

行定勲監督の原風景の中にある「鳩小屋」

故津川雅彦さんの熱演が印象的で、その息子役の長瀬正敏さんとの駆け引きが面白い。



「るろうに剣心」全5作が完結。

今回は、次回作の撮休の間に、山形まで駆けつけてくれた。

岩手県盛岡市出身の慶應ボーイ。
NHKを退社したが、直ぐに東日本大震災が起こる。

そんな中、作り上げた「るろうに剣心」

この10年で、大抒情詩が完結したのである。



驚いたのは、舞台挨拶の後だった。

ムービーオンのコリドールは、大友監督のファンで大混雑。

映画のスケールも格別だが、映画監督としての人気の高さも素晴らしい。



地元山形の映画「丸八やたら漬 Komian」

佐藤広一監督は、第1回山形国際ムービーフェスティバルで「銭湯夜曲」で審査員特別奨励賞を受賞し、翌年、スカラシップで「隠し砦の鉄平君」を製作したYMF出身監督。

1885年に創業された漬物屋「丸八やたら漬」を、1992年にお蔵を改装して開業した「食事処  香味庵」

2007年には、国の有形文化財に登録された街のシンボル的な存在だったが、廃業し建物は取り壊された。

山形の街の転換期を、フォーカスしたドキュメンタリー。



招待作品「アイリス」は、奥原浩志監督、小川洋子原作の公開を控えた話題の作品。

奥原監督は、「タイムレス・メロディ」で、ぴあフィルムフェスティバルでスカラシップを獲得し、釜山国際映画祭では最優秀グランプリに輝いた注目の監督である。

YMFアンバサダーの菜葉菜が、母親役を大熱演。

ロケーションがとても美しく、禁断のエロスの描写は心を掴む。



今年最後の招待作品は、清水崇監督の「樹海村」

ホラー映画の第一人者である清水監督は、2年前のYMFには「犬鳴村」の番宣で初参加。

「犬鳴村」の大ヒットから、あまり時間をおかずに「樹海村」が完成し公開された。



映画の中で使われた、「呪われたコトリバコ」を持っての舞台挨拶。

会場の方々とゲームをして、勝ち残った皆さんに、映画の曰く付きの品を渡していた。

そして、次回作の「牛首村」の30秒の番宣も、日本で初めて会場で流した。

村シリーズ3作目の「牛首村」
これまでで、最も恐ろしい映画となっている感じがした。



多くの映画がスクリーンで上映され、多くの映画関係者が来場した第17回山形国際ムービーフェスティバル。

フィナーレでの運営委員長の挨拶では、心からの感謝と御礼を申し上げる。



そして、例年のYMFの規模と話題が拡大するにつれ、ホスト側の自分たちも、もっと切磋琢磨して、精進していくことを誓った。

来年も、また来たいと思っていただく為に。



多くの奇跡が紡いだ、山形国際ムービーフェスティバル。

映画関係者の熱い願いと、映画を愛する民間の思いと熱量だけで、17回続けることができたことは奇跡である。

この魂の塊がある限り、雪深い東北・山形が、映画の聖地であり続けることができるのかもしれない。

来年は、どんな作品と出会えるのだろうか…。

また、来年、お会いしましょう。